イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
仕事そっちのけで輝樹君と喋っていたから、もう少しで依頼されていた招待状の発送を忘れるところだった。
矢城ギャラリーの閉館は午後七時。今日は搬出がないから七時半には全ての業務が終わり、パソコンの電源を落として仕事終了。
普段は館長がしてくれることも明日からは私がしなきゃいけない。頑張らなくっちゃ……
「さて、帰るか……」
立ち上がると玄関ではなく、事務所奥の薄暗い階段を上がって行く。私の自宅はこの建物の五階。つまり、職場の上が私の部屋というワケだ。
矢城ギャラリーは、元々貿易会社の社宅として建てられ、それを館長のお父さんが買い取って、一階から三階をギャラリーに改装し、四階と五階を自宅として使っていた。今は館長が四階に、私が五階に住んでいる。
私の実家は都内にあるからわざわざ部屋を借りる必要はなかったのだけど、就職のことで親と大喧嘩をしてしまい、勘当に近い状態で飛び出してきたんだ。
そうだよね……結構名の知れた大企業から内定貰ってたのに、それを蹴ってこの矢城ギャラリーに就職するって言い出したんだもの。親が怒るのも無理はない。
当時の私は貯金も何もなかったからアパートを借りるお金もなくて、館長の好意でここに住まわせてもらった。自己負担は光熱費のみで、実質家賃はただ。その代わり、給料は同年代の子達よりはるかに少ないけど……
それでも毎日、大好きな絵画を間近で見ることが出来るし、有名な画家の先生と会って話が出来る。私にとっては最高の職場だ。