イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
やっぱり私はまだまだ未熟な人間だ。でも、こんな私でも最後に零士先生にどうしても言っておきたいことがある。
「ふたりの間にどんな事情があるか知らないけど、お互い好きなら諦めちゃいけないと思う!」
しゃくり上げながら叫ぶと止める零士先生の手を振り払い夢中で走り出していた。後ろを振り返ることなく、ただひたすら力の限り走り、鞄の中のスマホが鳴っても無視して走り続けた。
終わった。何もかも、全て終わったんだ。
しかし覚悟はしていたものの喪失感は想像以上で、マンションに帰るまでの記憶は頭の中からスッポリ抜け落ちていた。
何も考えられず、ベッドに寝転がり半分意識を失った状態で天井を眺めているとまたスマホが鳴り出す。
きっと零士先生だ。お願いだから、もう私に関わらないで……
鳴り止まないスマホを手に取り、電源を落とそうと画面を見て指が止まった。
「あっ、輝樹君」
輝樹君は、今朝、私がキャンバスを譲って欲しいとお願いした時、様子がおかしかったのが気になり電話を掛けてきてくれたようだ。
『それで、あのキャンバスは役に立った?』
「うん、有難う」
『そうか、なら良かった。で、今どこに居るの?』
マンションに帰っていると言うと、今アルバイトが終わって帰るところだから、ちょっと寄っていいかと聞かれた。
アルバイト先からだと輝樹君の自宅は私のマンションとは反対の方向だ。なのにここに来てくれるってことは、私のこと心配してくれてるんだ。
彼の優しさが有り難くてまた涙が出る。