イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
ふたりの会話に参加することなく、少し離れた場所で資料に目を通していた私は驚いて顔を上げる。だって、私が手にしていたのは、個展の詳細が書かれた資料だったから。
誰も何も知らされてないって……もしかして、これは超極秘資料なの?
この資料は、昨日、薫さんが零士先生に頼まれたと言って届けてくれたモノ。
確かに渡された茶封筒の封は厳重に糊付けされていたけど、そんな大切な資料だなんて思ってなかったから、お客様に絵画の説明をする時なんかは、カウンターの上に置きっぱにしてた。
知らないということは怖いことだ……でも、そんな大切な資料なら一言添えてくれれば良かったのに。
資料の重要性を認識したとたん急に人目が気になりだし、慌てて資料を茶封筒に押し込んだ。その直後、女子社員が何かを思い出したように「あっ!」と声を上げる。
「そう言えばさ、さっき矢城さんが売り場に来てたんだけど、私、見ちゃったのよ……」
「見ちゃったって、何を?」
首を傾げた飯島さんを手招きした女子社員がほくそ笑む姿は怪しさ満天で、私もつい釣られて耳を澄ましていた。
「矢城さんの首にね、キスマークがあったのよ」
驚いたのは、私も飯島さんも同じ。でも、その反応は真逆だった。飯島さんは絶叫し、私は言葉を失い体を強張らせる。
薫さんの首にキスマーク……それはつまり、薫さんが男性に体を許したってこと。その相手が誰なのかなんて考える必要もない。
零士先生と薫さんはよりを戻したんだ。
それを望んで嘘まで付いて零士先生を拒んだのに、胸が痛い……