イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
零士先生と別れたことを知っている飯島さんが私を気遣い、さり気なく話題を変えてくれたのは有り難かったけど、同情されているんだと思うと余計に辛くなり、席を立つ。
「あの……トイレに行ってきます」
精一杯の笑顔で軽く会釈し、逃げるように歩き出す。
零士先生とは、私のマンションで会ったっきり顔を合わせていない。
私が輝樹君を彼氏だと宣言した後、零士先生は大きなため息を付き、何も言わずに帰って行った。そしてそれ以来なんの連絡もない。
別れると言ったすぐ後に他の男性と付き合い出した私を変わり身の早いいい加減な女だと思ったのかもしれない。だからもう顔を見るのイヤで、あの資料を薫さんに預けて私を避けたのかも……
薄暗い廊下を重い足取りで歩き、ふと顔を上げると硝子張りの喫煙室の中に誰が居るのが見えた。
「あっ……」
小さく声を上げ、つんのめるように立ち止まると硝子越しに見える横顔を凝視する。
零士先生だ……
気付かれないように回れ右してこの場を去ろうとしたが、後ろから「逃げるのか?」という低い声が追いかけてきて思わず振り返ってしまった。
私を避けている零士先生の方から声を掛けてくるなんて想定外。それに、薫さんの話しを聞かされた後だからよけい動揺して視線が泳ぐ。
「そんなコソコソして、何か後ろめたいことでもあるのか?」
挑発するような言葉に反応してようやく顔を上げれば、喫煙室の硝子扉にもたれ掛かった零士先生が表情のない顔で私を見つめていた。
「後ろめたいことなんてありません」
「そうか、ならこっちに来い」