イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
――翌日、Arielの個展当日。
いつもより一時間早く出社した私は、タイムカードを押すとそのまま会社のビルを出て、清々しい春風が吹き抜ける歩道を全力で走っていた。
向かっているのは、もちろん矢城ギャラリー。待ちに待ったArielの個展。やっと今日、憧れのArielに会えるんだ。でも、この個展が終われば、私はもう春華堂の社員ではなくなる。零士先生とも二度と会うことはないだろう。
寂しくないと言えば嘘になる。でも、これでいいんだと納得したから、迷いはなかった。
矢城ギャラリーの玄関前には既にオープンを待つお客様が列を作っていて、その光景を見ただけで緊張してくる。
ミーティングで指示された通り、作品が搬入される時に使われる裏口から矢城ギャラリーに入り、スタッフに挨拶しながら受付の準備をしていると、案内用のパンフレットが入った段ボール箱を抱えた昨日の男性スタッフが現れた。
「お疲れ様です。今朝になってオープン前にプレオープンすることになったって聞いて皆バタバタだよ」
不満気味に眉を寄せる男性に笑顔で挨拶し、段ボール箱を受け取る。
「急に決まったみたいだね。で、プレオープンには何人くらい来るのかな?」
「うーん……三十名くらいかな? ほぼ春華堂の上得意の顧客だと思うんだけど、マスコミ関係も何名か居るみたいだよ。でも、撮影は禁止らしい。なんか厳戒態勢って感じで緊張するね」
上得意か……その中に輝樹君と環ちゃんも入っているんだと思うとなんだか笑えてくる。