イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
館長が指差した先を何人もの人が横切って行き、なかなかその向こうを確認することができない。
「どこ? どこ?」と大騒ぎする私に、館長も体を左右に振り、前に居る来館者を避けながら目を凝らす。
「あ、見えた! そこそこ! 薄いピンクの……」
そう言い掛けた時「只今より、Ariel展のプレオープンを開催致します」という司会担当になった総務部課長の甲高い声が聞こえてきて館長の声が掻き消されてしまった。と同時にギャラリー内の照明が落とされ、白い布が掛けられた新作にスポットライトが当てられる。
厳粛な空気が漂う中、課長が緊張気味に資料に書かれたArielの経歴を読み上げ、次に矢城ギャラリーで個展が開催されることになった経緯を説明し始める。
でも、私はどの人がArielなのかが気になり、小声で館長に「ピンクの何?」と聞き返すも、隣に居た薫さんに怖い顔で「静かに!」と窘(たしな)められ渋々口を噤む。
館長は薄いピンクの……って言い掛けた。てことはやっぱり、私がさっき見掛けた女性がArielなんだ……あぁ~どうしよう。ドキドキが止まらない。
ゴクリと生唾を飲み込むと、課長の声が一段と大きくなる。
「それでは、Ariel先生が日本で個展を開催するきっかけを作られた矢城ギャラリーの元館長、矢城実(みのる)様に新作公開のお手伝いをして頂きたいと思います」
ゆっくり前へと進み出た館長の手に渡されたのは、新作に掛けられた白い布の縁から伸びる金色の細い綱。