イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
「では、新作の公開です。矢城館長、宜しくお願いします!」
零士先生が館長に目配せすると室内は水を打ったようにシーンと静まり返り、私を含めここに居る全員が片津を呑んで館長を見つめる。
勢いよく引かれた綱に引っ張っぱられ、光沢のある布が音もなく床に滑り落ちると初お目見えの新作が人々の前に姿を現した。
「おお……」とため息に似た歓声が上がったと思ったら、あちらこちらから拍手が沸き起こり、それはまるで押し寄せる波のように渦を巻いて室内に響き渡った。
でも、その絵を目の当たりにした私は驚きで1㎜も動くことができない。
「この絵は……」
私の瞳に映っているのは、ソファーに身を預けたウエディングドレス姿の女性が気怠そうな目で遠くを見つめている絵。
「どうだ? 気に入ったか?」
「零士先生、これっていったい……」
「Arielの新作だ。何か問題でも?」
問題は大アリだ。これは零士先生が私をモデルに描いた絵。それがArielの新作だなんて……どういうこと?
頭の中は真っ白。何も考えられずにいると、来館者の中から「Arielは?」という声が上がり、ギャラリー内がザワめきだす。
きっと殆どの来館者は、正体不明のArielが登場するを今か今かと待ちわびていたに違いない。なのに、新作が公開されてもArielが現れる気配がないから不信に思い始めたんだ。
そんな雰囲気の中、零士先生がArielは急な発熱でプレオープンに参加できなくなったなんて言うから、まるで時間が止まったみたいに全員の動きが止まる。
春華堂のスタッフは呆然と立ち竦み、来館者の中にはショックで座り込む人もいた。