イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】

「じゃあ、零士先生とは知らず、個展をする約束をしたってこと?」

「そういうことになるなぁ。パリの川沿いのカフェテラスでひとり、思いつめた顔をしたアジア人が居るのを見掛けてな、なんだか気になってつい声を掛けてしまったんだよ。それが零士君だったとはなぁ~世の中狭いなぁ……」


感心してる場合かよ! ってツッコミを入れたいところだが、今はそれどころじゃない。


「零士先生は? 零士先生も館長が誰が分からなったの?」

「いや、俺は薫の親父さんだとすぐに分かったよ。でも、思うような絵が描けないと弱音を吐いた後で自分の素性を明かせば、薫に俺が悩んで落ち込んでいることがバレると思ったから、名前を聞かれた時、咄嗟にArielと名乗ったんだ」


バツが悪そうに頭を掻く零士先生の肩を、いつの間にか隣に立っていた薫さんが突っつき、呆れたように笑う。


「当時の零士はね、本当はスランプで全然絵が描けなかったのに、私には留学は順調。上手くいってるって言ってたの。その強がりがバレるのが怖かったのよ」

「……だから、偽名を使った?」

「まぁ、そんなとこだ。急に名前を聞かれて頭に浮かんだのが、当時師事していた先生が飼っていたミニ豚の名前でな」

「ミ、ミニ豚?」


Arielがミニ豚だったなんて……いや、ミニ豚が悪いと言っているんじゃない。ただ、せめて犬か猫であって欲しかった……


で、それ以来、Arielという名前が妙に気に入った零士先生は自分が描いた絵にArielとサインするようになり、その頃から零士先生の絵が認められるようになっていった。

< 212 / 237 >

この作品をシェア

pagetop