イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
そして社長がもう一度、お母さんとふたりで生きていくと決めた時、零士先生がArielであると知らされた。
「まさか零士が世界的に有名なArielだっとはな……妻にも零士の才能を潰さないでくれと頼まれたし。もう零士の人生に口出しするのはやめようと決めたんだよ」
「じゃあ、零士先生は絵を辞めなくていいんですか?」
「そういうことだ。この個展が終われば、零士は春華堂を退職してパリに行くことになっている。向こうには妻の住まいも残っているし、何より絵を描く環境が整っているからね」
えっ……零士先生がパリに?
それが零士先生の為には一番いいことだと分かっていても、また離れ離れになってしまうのだと思うと素直に喜べない。
「そう……ですか」
笑顔で"おめでとう"と言ってあげられない自分が情けなくて、スカートをギュッと握り締めると、薫さんがギャラリーの入り口から顔を覗かせ、零士先生を呼ぶ。
「お取込み中悪いけど、そろそろ一般のお客様を入れるから」
大きく頷いた零士先生の表情が瞬時に凛々しい仕事モードに切り替わった。が、その直後、私の背中をポンと叩いた彼の顔は優しい笑顔だった。
「俺が絵に込めた思いを来館者に伝えてくれ。頼んだぞ」
その笑顔は、初めて彼に出会った時と同じ……真夏の太陽より眩しく見えた――