イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
時々、チラチラと後ろを気にしながら漏れ聞こえてくる会話に聞き耳を立てていると、スーツ姿の男性が新太さんを先生と呼び、日本でのスケジュールを確認し始めた。
どうやら仕事関係の人のようだ。しかし、仕事の話しが終わると男性が声を潜め新太さんに「今夜のお相手はもうお決まりですか?」と聞いた。
今夜のお相手ですって?
その意味深な言葉に体がビクリと反応して顔が強張る。
「あぁ、前に話したろ? 画廊で働いてる娘だよ」
「はいはい、以前、新太先生を拒否して逃げ出した娘ですね。まだ続いていたんですか?」
「二十三にもなってあんな初心な娘はそういないからな。今から楽しみだよ」
私のことを言っているんだと分かり、汗ばんだ手を強く握り締めた時だった。男性が妙なことを言い出した。
「でも、そろそろ初心な娘を落とすお遊びは終わりにした方がいいんじゃないですか? こんなことが笹本(ささもと)さんの耳にでも入ったら、せっかくの縁談がパアになりますよ」
えっ? 縁談って……新太さん、まさか……婚約者がいたの?
動揺しまくっている私の後ろで新太さんが笑いながら平然と言う。
「そんなこと分かってるよ。ニューヨークでは笹本さんの目があるから女遊びは控えてるんだ。日本に戻った時くらい羽を伸ばしてもいいだろ?」
「困った先生だ。これじゃあ、結婚後もお遊びは続きますね」
絶望的な会話だった。ショックで涙が溢れ、体がワナワナと震え出す。