イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
その後、分かったのは、彼が二十二歳の美大生で、紺野 零士(こんの れいじ)という名前だけ。
もっと零士先生のことを知りたいって思ったが、いざ彼を目の前にすると恥ずかしくて言葉が出てこない。そんな調子だから言葉を交わすことも出来ず、悶々とした日々が続いていた。
そして夏休みに入った頃、とうとうその悶々が頂点に達し、私は決心したんだ。
絵画教室が終わり後片付けをしている零士先生に勇気を振り絞って話し掛けてみた。
「あの……夏休みの宿題で、環境問題をテーマにしたポスターを描かなくちゃいけないんですけど……教えてもらえますか?」
零士先生は快く承諾してくれてポスター制作を手伝ってくれた。室内には私と零士先生ふたりっきり。
それを望んでいたはずなのに、緊張して絵筆を持つ手が震える。その震えを隠そうと大胆に手を動かすと後ろに居た先生のあの低い声が聞こえてきた。
「はみ出してる。もっと丁寧に塗って」
背後から覆い被さるように私の手を取り、画用紙の上で絵筆を滑らす零士先生。そんな彼の白いシャツがフワリと私の頭に触れると爽やかな香りが鼻孔をくすぐり、まるで先生に包まれているような感覚に陥る。
一瞬、頭がクラッとして意識が飛びそうになった。
このまま抱き締められたらどうしよう……そんな妄想が頭の中を駆け巡るが、期待虚しく爽やかな香りと共に零士先生が私から離れていく。
やっぱり、私みたいな子供には興味ないんだ……
落胆して顔を上げると怜士先生が柔らかな笑顔をこちらに向け言ったんだ。
「時間外の指導は別料金が発生するって知ってるか?」
「えっ?」