可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
「もしもし、進藤ですけど。私はいつから部長の部下になったんでしょう?」
「まあ、そう言わずに。今日は祥子に付き合ってくれてありがとう」


部長の話し方は、明らかに笑うのを堪えていた


「いいえ。数少ない友人から誘われましたので。部長のお留守にお邪魔して申し訳ありません」
「いえいえ、妻のお友達はいつでも大歓迎ですよ。それと、今日は社食とマーケティング部では、大変だったみたいですね」
「えっ?な、何で?何で知ってるんですか?何で?ちょっと!部長!?」


我慢できなかったのか、部長は盛大に吹き出した


「凄い慌てようだな、進藤。うちの部下に藤川がいるだろう?昼休み社食にいたらしいんだ。それと、マーケティング部の宮本だっけ?その藤川と同期でね、それで逐一僕達に報告してくれたよ」
「はぁっ?」


部長が知ってるって言うことは?


「相川も全部知ってる。おかげで、全然仕事にならない」


仕事にならない割りにはとっても楽しそうに話してますね、部長
そうですかと溜め息をついていたら、部長に話し掛けられた


「進藤係長。君が部下の清水さんに言ったことは、正しい事だと思うよ。だから気にすることはない」
「皆川部長……」
「まあ君のことだから、キツイ口調で言ったんだろうけど、でもそういう事をちゃんと言える人間は、会社には必要だからね」
「誉めてるんですか?けなしてるんですか?」


ははっと笑う部長につられて、こっちも吹き出した


「それと、木崎課長のことなんだが、用心した方がいい」
「どういうことですか?」
「木崎課長は、三浦常務の専任秘書だ」
「三浦常務の?」


三浦常務は、皆川部長に個人的な恨みを持ち、祥ちゃんに恥をかかせようとパーティーに引き摺りだした張本人
あれからも何かにつけて海外事業部に難癖をつけてくると、相川くんが言っていた


「でも、なんで私に?」
「君と相川が付き合っていると知れ渡ったことと、相川が出張中に君に近づいたタイミング。出来すぎだと思わないか?」
「でも、相川くんが出張している事は、いくら秘書室でも把握してないんじゃ」
「秘書室は部長クラスのスケジュールは把握しているからね」
「あっ、そうか」


つまり、皆川部長のスケジュールは把握しているということ
そして相川くんは皆川部長の秘書も兼務している
彼が皆川部長の出張に同行しているかどうかは、ちょっと調べれば分かるだろう


「相川のやつ、あのパーティーの時三浦常務に一言言ってるみたいなんだ。もしかしたら、今、三浦常務が一番恨んでるのは、相川かもしれない」
「そんな……」


三浦常務は、F社の創業者一族の関係で今の地位にいる
つまり、実力もないくせに今の常務という肩書きに就き、威張っているだけの人だ


「木崎課長は社長も目を掛けているぐらいの男だから、三浦常務に言われたからと言って君に何かをすることはないだろうと思うが、ちょっと気になってね」
「分かりました」
「まあでも、僕の想像は全く関係なくて、本当に木崎課長は君の事を好きなのかもしれないしね。現に相川はそうだと思ってるよ」
「えっ?」
「だから、後で電話してやって?じゃないと、明日も仕事にならないから」


部長が軽く笑ったのが分かった


「そうですね。後で電話してみます」
「うん、そうしてやって。それと、三浦常務と木崎課長の事で何かあったらすぐに報告してくれるか?僕が出来ることならなんとかするから。三浦常務と海外事業部のいざこざに君を巻き込んで済まないと思ってる」
「いいえ。お気遣いありがとうございます。そろそろ祥ちゃんに代わりますね。なんか隣でウズウズしてますから」


ふふっと笑って受話器を祥ちゃんに渡した
口を尖らせながら、部長にこう言った


「慎一郎さん、私ウズウズなんかしてないからね!」


必死で言い訳している祥ちゃんを見て吹き出した
そしてテーブルの上を見ると、私が買って来たケーキが並んでいた

祥ちゃんの電話が終わるまで待とうと、スマホを手にとると、相川くんから着信とメッセージが届いていた


『時間が出来たら連絡ください。何時でもいいですから。奈南美さんの声が聞きたいです』


この着信とメッセージがどれだけ嬉しいのか、この人は分かっているのだろうか
私は急いで返事をした


『電話に出られなくてごめんなさい。今、祥ちゃんのお家で夕飯ご馳走になってるの。もうすぐ帰るから、帰ったら連絡するね。それと、皆川部長から色々聞きました。大丈夫だから、心配しないでね』


私だって、相川くんの声が聞きたいよ
と、打とうと思ったが、打たずに送信した
素直になれない自分にため息をついていると、すぐに返事をが返ってきた


『心配しますよ。自分の彼女に他の男が言い寄ってるんですから。連絡待ってます』


相川くんのメッセージを読んでると、電話が終わった祥ちゃんが、にっこりしながら私を見ていた


「あ、電話終わったの?ケーキ食べよう?」
「相川さんから?」
「えっ?」
「だって、奈南ちゃん顔が嬉しそう」
「そうかしら?」
「そうですよ?」
「そんな事より、早く食べようよ。ここのケーキ、祥ちゃん好きでしょ?」


照れ隠しにケーキを薦めたけど、祥ちゃんにはお見通しだった


「奈南ちゃん、顔が真っ赤。可愛い」


もう!と言いながら、ケーキを口にした
女友達とこんなやりとりをするのも久しぶりで、嬉しかった
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