可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
「ああ、やっと来たか。おや?私は進藤くんだけ呼んだはずだが?」
「私が宮本くんも一緒の方がいいと判断しました」
「木崎……ふんっ、余計な事を」
「それより、早く用件を伝えて下さい」


そう促されて、三浦常務は机の上に書類を投げた
それは、全てハングル語で書かれたものだった


「これは何でしょうか?」
「韓国の貿易会社、K貿易との業務提携の案が書かれている」
「業務提携?」
「ああ、はっきり言って、何を書いているのか分からなくてね、だが、F社は韓国への進出が遅れている。K貿易と業務提携を結べば、その足掛かりになる」
「何故マーケティング部の私に?海外事業部に直接言えばいいんじゃないでしょうか?」


三浦常務はニヤッと笑って、私を見た
思わず、背筋がゾッとした


「このK貿易の重役が大層日本の女性がお気に入りでね。一度、進藤くんにその重役の相手をしてほしいんだよ」
「相手?」
「何を今更。君が女がてら係長まで昇進したのは、そういうことじゃないのかね?」
「なっ……!」


宮本くんが口を開こうとしたので、「いいから」と止めた


「君が相手をしてくれたら、F社にとって有利な条件で提携してくれると言ってくれている。なに、1晩だけのことだ。君にとっては、とるに足らないことだろう?」


そう言ってイヤらしく笑う三浦常務を見てると、虫酸が走る


「分かりました」
「進藤係長!」


慌てて宮本くんが私を止めた

でもね、ここまで言われて引き下がる訳にはいかないのよ


「ですが、私はその重役の相手をするつもりはありません」
「ほう?」
「ようするに、韓国への足掛かりが出来ればいいんですよね?」
「そういうことだ」
「分かりました。本来は海外事業部の役目だと思われますので、海外事業部と合同で、進めたいと思いますが、よろしいですか?」
「それは一向に構わない」
「もし、何らかの形で損失が出た場合はどうするおつもりですか?」
「……誰か、上の者が責任を取らざるを得ないだろうね」


あなたが言ってるのは皆川部長なんでしょうね


「分かりました。それでは失礼致します」


そう言って、部屋を出ようとすると、三浦常務に呼び止められた


「進藤くん、君が私に泣きついて来るのを待っているよ」


その顔といったら……


私は会釈をして部屋を出た


ポケットに入れていたボイスレコーダーの電源を切って、宮本くんに言った


「清水さんを海外事業部に連れてきて」
「はい!」


宮本くんは階段を掛け降りて行ったその時、木崎課長から呼び止められた


「進藤係長」
「なんでしょうか?」
「何故否定しなかったんです?あんな事を言われて……」


私は自嘲気味に笑った


「いくら私が否定しようと、三浦常務は信用しないでしょう?」
「そうですが」
「木崎課長」


私が呼ぶと、木崎課長は私を真っ直ぐ見た


「色々お気遣いありがとうございました。それと、先日言われた事なんですが」
「……分かってます。自分に勝ち目がないことぐらい」
「え?」
「でも、自分の気持ちを伝えたかった」
「じゃ、何で相川くんに?」


木崎課長はふっと笑った


「ちょっとした八つ当たりです。あれぐらいであなたを諦めるんなら、かっさらおうと思いましたが」
「そうですか。では、もう行きます」


そう言って、後ろを振り向かずに階段を降りて行った


海外事業部の部屋に入ると、宮本くんが清水さんを連れてきていて、皆川部長と話していた

私は皆川部長にボイスレコーダーを返して、こう言った


「申し訳ありません。売られた喧嘩を買ってきました」


その時、部屋中が歓声に包まれた

私はそんなに驚くことじゃないだろうと思っていたけど、相川くんが、同じようなセリフを言ったことがあると聞いたのは、しばらく経ってからだった
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