可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
海外事業部の打ち合わせ室で、皆川部長、相川くん、藤川さん、宮本くん、清水さんと私で、録音してきた三浦常務との会話を聞いた
「以上です。これ、セクハラの証拠になりますよね?皆川部長」
「ああ、まさかこんなあからさまに言ってくるとは思わなかったが」
「なら、良かったです。それと……」
「良くないですよ、進藤係長」
私の言葉を遮ったのは相川くん
彼の握りしめた手は、小刻みに震えていた
宮本くんも悔しそうな顔をしている
でも、藤川さんや清水さんはなんとも言えない顔をしていた
「こんな事言われて……」
「そうですね。相川さんは海外に行っていた頃かもしれないですね、あの噂。今は女子社員の中でしか言われてないかもしれません」
私は自嘲気味に笑って言った
「『マーケティング部の進藤奈南美は、取引先に体を使って、業績をあげている』って噂、聞いたことないですか?」
「なっ……!」
男性陣はみんな息を呑んだ
あの皆川部長でさえも
これは、マーケティング部で上司よりも業績をあげていた頃から広がっていった噂だ
すぐに噂は消えたが、女子社員の間では、こんな噂があったというのがまだ残っている
「三浦常務はこの噂を覚えていたんでしょう」
「……何で」
「相川さん、私の中ではもう終わった事なんです。だから、気にしないで下さい」
相川くんが納得しないのは分かっていたけど、それよりも仕事だ
「それより、この書類を翻訳しないと。皆川部長、ハングル語出来る人、居ますよね?」
「あ、あぁ。残念ながら、そこにいる藤川だけなんだ」
「そうですか。藤川さん、うちの清水さん、ハングル語出来るから手分けしてやってくれる?」
そこにいる全員が驚いていたと思う
でも、一番びっくりしていたのは清水さんだろう
「係長、何で知ってるんですか?私がハングル語出来るって」
「あなた履歴書に書いてたでしょ?部下の事は把握してるつもりよ。これでも一応、あなたの上司なんだから。ちなみに宮本くんは、柔道の国体選手だったってことも知ってる。だから三浦常務に呼ばれたら、宮本くんに一緒に行けって言ったんじゃないんですか?皆川部長」
皆川部長を見ると、まあねと笑っていた
「じゃ、私が外回りするときになるべく宮本さんと一緒に行けってと係長が言ったのも?」
「そう、あなたはまだ若い。取引相手があなたにセクハラ行為をしないなんて保証はない。宮本くんが一緒ならあなたに手を出そうとは思わないでしょう。それに、宮本くんと一緒に行動してる分には、私みたいに噂を立てられることもないでしょうしね」
「係長……」
「あんな噂を立てられるのは、私だけで十分よ……」
あの噂が広がった時、辛くなかった訳がない
やってもいないことを面白おかしく言われて、男からはいやらしい目で見られ、女からは軽蔑された目で見られた
私の回りには誰も居なくなって、いつも1人だった
だから、がむしゃらに働いた
誰にも何も言われないように、馬鹿にされないように
あの時、この会社で生きて行く為には、ある程度計算高く生きて行くしかなかった
そして出来上がったのが、今の私だ
「清水さん、あなたに厳しく言ってきたのは、女だからと相手に馬鹿にされない為よ。私みたいに計算高く生きて行けとは言わない。でも、女ってだけで甘く見られる事もあるから……それを分かって欲しかった」
清水さんは涙を堪えながら口を開いた
「宮本さんに怒られたんです。あの日、私が係長に怒られて仕事を放って部屋を飛び出した後……」
「え?そうなの?」
宮本くんを見ると苦笑しながら頷いた
「『君を成長させようとしている係長の気持ちがまだ分からないのか?』って。その時は意味が分からないって思ってたんですけど、次の日、その取引先に一緒に連れて行ってくれて、係長が私の事を『まだ若いですが、うちの清水は出来る人間です』って言ってくれて。ただの社交辞令だって分かってたんですけど、嬉しかったんです。だから……」
清水さんは、私を真っ直ぐ見て言った
「私は、進藤係長みたいな女性になりたいです」
泣きそうになった
そんな事言われた事なかったから
ましてや、厳しくしてきた部下に
素直に嬉しかった
「ありがとう」
にっこり笑って言うと、清水さんが両手を顔の前で組んで、目をウルウルさせている
「何?どうしたの?」
「私、係長の笑顔、初めて見ました〜!」
「は?1回くらいあるでしょう!」
「ないです!」
「どれだけ酷い上司なのよ、それ」
「もう1回笑って下さい!」
「いいから、急いで翻訳しなさい!藤川さん!あなたも笑ってないで!早く!」
藤川さんは笑いながら、まだ騒いでいる清水さんを打ち合わせ室から連れ出した
もうっと言って、ふと気付くとみんな笑いを堪えていた
「何か言いたいことでも?」
いや何でもないと皆川部長は笑って、その後真顔で言った
「さあ、これからの事を話し合おうか」
みんな気を引き締めて、はいと言った
「以上です。これ、セクハラの証拠になりますよね?皆川部長」
「ああ、まさかこんなあからさまに言ってくるとは思わなかったが」
「なら、良かったです。それと……」
「良くないですよ、進藤係長」
私の言葉を遮ったのは相川くん
彼の握りしめた手は、小刻みに震えていた
宮本くんも悔しそうな顔をしている
でも、藤川さんや清水さんはなんとも言えない顔をしていた
「こんな事言われて……」
「そうですね。相川さんは海外に行っていた頃かもしれないですね、あの噂。今は女子社員の中でしか言われてないかもしれません」
私は自嘲気味に笑って言った
「『マーケティング部の進藤奈南美は、取引先に体を使って、業績をあげている』って噂、聞いたことないですか?」
「なっ……!」
男性陣はみんな息を呑んだ
あの皆川部長でさえも
これは、マーケティング部で上司よりも業績をあげていた頃から広がっていった噂だ
すぐに噂は消えたが、女子社員の間では、こんな噂があったというのがまだ残っている
「三浦常務はこの噂を覚えていたんでしょう」
「……何で」
「相川さん、私の中ではもう終わった事なんです。だから、気にしないで下さい」
相川くんが納得しないのは分かっていたけど、それよりも仕事だ
「それより、この書類を翻訳しないと。皆川部長、ハングル語出来る人、居ますよね?」
「あ、あぁ。残念ながら、そこにいる藤川だけなんだ」
「そうですか。藤川さん、うちの清水さん、ハングル語出来るから手分けしてやってくれる?」
そこにいる全員が驚いていたと思う
でも、一番びっくりしていたのは清水さんだろう
「係長、何で知ってるんですか?私がハングル語出来るって」
「あなた履歴書に書いてたでしょ?部下の事は把握してるつもりよ。これでも一応、あなたの上司なんだから。ちなみに宮本くんは、柔道の国体選手だったってことも知ってる。だから三浦常務に呼ばれたら、宮本くんに一緒に行けって言ったんじゃないんですか?皆川部長」
皆川部長を見ると、まあねと笑っていた
「じゃ、私が外回りするときになるべく宮本さんと一緒に行けってと係長が言ったのも?」
「そう、あなたはまだ若い。取引相手があなたにセクハラ行為をしないなんて保証はない。宮本くんが一緒ならあなたに手を出そうとは思わないでしょう。それに、宮本くんと一緒に行動してる分には、私みたいに噂を立てられることもないでしょうしね」
「係長……」
「あんな噂を立てられるのは、私だけで十分よ……」
あの噂が広がった時、辛くなかった訳がない
やってもいないことを面白おかしく言われて、男からはいやらしい目で見られ、女からは軽蔑された目で見られた
私の回りには誰も居なくなって、いつも1人だった
だから、がむしゃらに働いた
誰にも何も言われないように、馬鹿にされないように
あの時、この会社で生きて行く為には、ある程度計算高く生きて行くしかなかった
そして出来上がったのが、今の私だ
「清水さん、あなたに厳しく言ってきたのは、女だからと相手に馬鹿にされない為よ。私みたいに計算高く生きて行けとは言わない。でも、女ってだけで甘く見られる事もあるから……それを分かって欲しかった」
清水さんは涙を堪えながら口を開いた
「宮本さんに怒られたんです。あの日、私が係長に怒られて仕事を放って部屋を飛び出した後……」
「え?そうなの?」
宮本くんを見ると苦笑しながら頷いた
「『君を成長させようとしている係長の気持ちがまだ分からないのか?』って。その時は意味が分からないって思ってたんですけど、次の日、その取引先に一緒に連れて行ってくれて、係長が私の事を『まだ若いですが、うちの清水は出来る人間です』って言ってくれて。ただの社交辞令だって分かってたんですけど、嬉しかったんです。だから……」
清水さんは、私を真っ直ぐ見て言った
「私は、進藤係長みたいな女性になりたいです」
泣きそうになった
そんな事言われた事なかったから
ましてや、厳しくしてきた部下に
素直に嬉しかった
「ありがとう」
にっこり笑って言うと、清水さんが両手を顔の前で組んで、目をウルウルさせている
「何?どうしたの?」
「私、係長の笑顔、初めて見ました〜!」
「は?1回くらいあるでしょう!」
「ないです!」
「どれだけ酷い上司なのよ、それ」
「もう1回笑って下さい!」
「いいから、急いで翻訳しなさい!藤川さん!あなたも笑ってないで!早く!」
藤川さんは笑いながら、まだ騒いでいる清水さんを打ち合わせ室から連れ出した
もうっと言って、ふと気付くとみんな笑いを堪えていた
「何か言いたいことでも?」
いや何でもないと皆川部長は笑って、その後真顔で言った
「さあ、これからの事を話し合おうか」
みんな気を引き締めて、はいと言った