可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
それから数週間経っても、なかなかいい方向に転ぶこともなく、皆に焦りが見えてくるようになった

皆川部長、神崎係長、相川くんは、Kカンパニーと交渉しようとしているそうだが、会ってもくれないらしい

そんな時の昼休み、私は外食せずに海外事業部のデスクでサンドイッチ片手に仕事をしていたら、携帯が鳴った
名前をよく見ずに出ると、親友だった


「もしもし、奈南ちゃん?今、大丈夫?」
「祥ちゃん?」


部屋にいる全員に注目を浴びた
そう言えば、海外事業部の人達は部長宅で祥ちゃんの手料理をご馳走になったことがあったなと思いつつ、打ち合わせ室に行こうとしたが、皆川部長に目で「そこで話しなさい」と命令されたので、席で話すことにした


「大丈夫だよ。珍しいね電話かけてくるなんて。あっ、ごめんね?出産前に美味しいもの食べに行こうって行ってたのに、行けそうになくて」
「しょうがないよ。仕事だもん。その代わり、出産祝い楽しみにしてるから」
「うん。ちゃんと奮発させてもらいます」


そう言って笑いあった


「奈南ちゃんあのね?美智子がね、彼氏の晃平くんに着いて行くこと決めたって」
「え?みっちゃんが?」


みっちゃんとは、祥ちゃんの学生時代からの親友の兵藤美智子さん

祥ちゃんを通じて私も仲良くなっていた
そのみっちゃんが、彼氏が九州に転勤になったので、着いて行こうかどうか迷っていると聞いてはいたが……


「そうなんだ。じゃ、みっちゃん仕事も辞めるんだ?」
「うん、迷ったみたいだけど決めたって」
「寂しくなるね、祥ちゃん。みっちゃんいつ行くの?九州」
「とりあえず、今の仕事が一段落したらって言ってた。祥希ちゃんも見たいって言ってたし」
「みっちゃん、祥希ちゃん産まれるの楽しみにしてたもんね」
「そう!きっとうちの母親より楽しみにしてるよ。あれは」
「それは言い過ぎじゃない?」


祥希ちゃんとは、祥ちゃんのお腹の赤ちゃん『祥希子(さきこ)』ちゃん
女の子と分かって、皆川部長が考えた名前だ


私が笑っていると、祥ちゃんが私を呼んだ


「ねえ、奈南ちゃん。美智子が行く前に時間作れないかなぁ?最後に3人でちょっとでもいいから会えないかなぁ?と思って。やっぱり無理、だよね?」
「私もそうしたいけど……みっちゃんは?時間とれるって?」
「美智子も仕事大変みたいで。ごめんね?私が我が侭言って」
「そんなことないよ。みっちゃんも大変なんだ」
「そうなの、なんか韓国の企業の担当になってるみたいで、なかなか日本の企業みたいに話が進まないって言ってた」


みっちゃんは大手広告代理店のI企画に勤めている
以前はうちの会社の担当もしていたらしいが……


「祥ちゃん。今、みっちゃん韓国の企業の担当って言った?」


私の言葉に部屋中の視線が集まる


「うん、そうだよ」
「何て会社か、聞いてる?」
「そこまでは……でも、総合商社って言ってた気がする」
「総合商社?韓国の総合商社って言ってたの?」
「うん。奈南ちゃん、どうかした?」
「ううん。祥ちゃんありがとう。もしかしたら、出産前に3人で会えるかも」
「え?本当に!?」
「うん。楽しみにしてて。ごめん。もう切るね」
「分かった。楽しみにしてる」


そう言って電話を切ると、私は直ぐにみっちゃんに電話した
回りに目をやると、みんな固唾をのんで見守っている


「もしもし」
「F社のマーケティング部の進藤です。I企画の兵藤さんでいらっしゃいますか?」
「なあに?奈南さん。畏まっちゃって、どうしたの?」
「先程、友人から聞いたのですが、韓国の企業の担当をされているとか?」
「そうだけど。ねえ、奈南さん。本当にどうしたの?」
「その企業の名前、教えてくれませんか?」
「……Kカンパニーだけど」


私は、相川くんを見て小さく頷いた
それを見て、他の皆は小さく歓声をあげた


「みっちゃんお願いがあるの」
「な、何?」
「F社としても、I企画とKカンパニーが上手くいくように全面的に協力するから、みっちゃんも私達に協力してほしいの」
「どういう事?」
「じゃないと私……見ず知らずのスケベ親父相手に、枕営業しなくちゃいけないかもしれない」


私がそう言うと、みっちゃんは電話の向こうで凄い剣幕で怒りだした


「はあっ?何よそれ!どうなってんの?奈南さんの会社!祥子の旦那は何してんのよ!!今からそっち行くから待ってなさい!!」


余りの声の大きさに私は電話を耳から遠ざけていた
みっちゃんは言うことを言ったら電話を切ったらしい
そして、今のみっちゃんのセリフは皆にも聞こえていただろう


私は皆川部長を見ると、皆川部長は溜め息をついて、受話器を手にした


「海外事業部の皆川です。もうすぐ、I企画の兵藤さんがお見えになるから、15階に案内してください。多分、物凄い剣幕で来るだろうけど、気にしないでいいですから」


その言葉に、全員笑ったのは言うまでもない
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