可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
暫く沈黙が流れていると、木崎課長が相川くんに声をかけた


「流石だな。皆川部長が目を掛けているだけあるよ、相川くん」
「え?」
「この短期間でKカンパニーと業務提携の話を進め、K貿易を黙らせ、S商事とも話をつけ、とどめは三浦常務を辞職に追い込んだ……進藤係長の事があったにせよ、見事だよ」
「俺はただ、仕事をしただけです。それに、俺1人でやった事じゃありませんから」


相川くんのその言葉に木崎課長はふっと笑った


「君の勝ちだ、相川くん。まあ、元々俺には勝ち目なんてなかったけどな」
「木崎課長……」
「泣かすなよ」
「……はい、もちろん」


そう言って木崎課長は会議室を出ようとして、私の前で立ち止まった


「俺も気付いたよ」
「え?」
「今日の朝君を見たとき、一目で君だと気付いた」


そうしてちょっと悲しそうに笑う木崎課長を見て、あっと思った


『今日私だと一目で気づいたのは、たった1人だけでした』


社長室で私が言ったこと……


「す、すみません」
「気にしてないですから。じゃ」
「あ、あのっ。木崎課長」


去ろうとしている木崎課長を呼び止めた
木崎課長は振り向いて首を傾げた


「前から気になっていたんですが、木崎課長がフランス支社に転勤になる前、私とマーケティング部で一緒になった時期があったんですか?」


私の言葉に木崎課長は苦笑しながら、首を横に振った


「いや、重なった時期はなかったよ」
「じゃ、なんで……」
「俺がフランス支社に転勤が決まって、色々な手続きをしてくれたのが、まだ総務部にいた君だった」
「え?」
「急な転勤だったから、住む所がなかなか見つからなくてね、当時の君は一生懸命に探してくれたんだ」


何となく思い出した
当時、総務部にフランス語が出来るのが私しかいなくて、大変だった事があったのを


「やっとアパートが見つかった時、君は満面の笑顔で『見つかりました』と言った……今思えば、あの時思いを伝えておけば良かったんだ。転勤するとか考えずに」
「木崎課長」
「君と俺は、縁が無かったんだよ」


木崎課長はふっと笑って、会議室を後にした



木崎課長の後ろ姿を見送っていると、手を握られた
それに気付いて見上げると優しい笑顔があった


「あんまり他の男を切なそうに見ないでくださいよ」


その言葉に思わず吹き出した


「奈南美さん、笑い事じゃないですよ」
「ごめんなさい。相川くん、それって嫉妬?」


私が悪戯っぽく言うと、ちょっと照れたように答えてくれた


「……悪いですか?」


私は完全に声を上げて笑った
相川くんは溜め息をついていたけど、最後は笑ってくれた


「行きましょうか」
「うん、行こう」


私達は会議室を後にした



海外事業部に戻ると、みんな喜んで騒いでいた
今回ばかりは皆川部長も注意することもなく、みんなを優しく見守っていた
相川くんはみんなから手荒い歓迎を受けていたので、私は席に戻ってスマホにメッセージが届いているのに気付いてチェックした
そして、その内容に思わず叫んでしまった


「み、皆川部長!スマホ!メッセージ!チェックしてないんですか!?」


私の慌てっぷりにみんなの注目を浴びたが、そんなのは関係なかった


「え?メッセージ?て言うか落ち着けよ、進藤」
「これが落ち着いてられますか!だって、祥ちゃん!産んでますってば!!」
「は?」
「あなたの奥さん、出産してます!!」


みんなの注目を浴びる中、皆川部長はスマホをゆっくりとチェックして、口を開いた


「……悪い、今日はもう帰る。ああ、打ち上げには行けそうもないな……みんなで楽しんで来てくれ。それと……何だ……あれは……」


口では帰ると言っておきながら、全く動こうとしていない
イラっとした私は、皆川部長のカバンを机の上にバンっと叩き付けた


「皆川慎一郎さん。ウダウダ言ってないで早く祥ちゃんの所に行きなさい!!」


一瞬呆けていたが、我に返った皆川部長は慌てて立ち上がり、カバンに荷物を無造作に詰め込んで、みんなを見てにっこり笑った


「お疲れ様、お先に」


そう言って、颯爽と帰って行った

皆川部長を見送ってほっと一息ついていると、相川くんがニコニコしながら私の側に来た


「祥子さん、赤ちゃんの写真送ってきたんですか?」
「あ、うん。見る?」


私は送られてきた写真を相川くんに見せた
そこには、産まれたばかりのふにゃふにゃの祥希子ちゃんがいる


「ははっ、可愛いですね。これは皆川部長、親バカ決定ですね。でも本当に可愛いな」
「相川くん、子供好きなの?」
「ええ。これでも姪っ子にメロメロなんです、俺」
「そうなんだ……」


その時一瞬私の心に影が落ちた


「奈南美さん?どうしました?」
「えっ、いや……何でもない。打ち上げ楽しみだね」
「そうですね」


私がにっこり笑うと相川くんが耳元で囁いた


「途中、2人で抜けましょうね」


驚いて相川くんを見上げるとニヤッと笑っていた
私はカッと顔が熱くなって、相川くんの腕をバシッと叩いた
相川くんがははっと笑うのを見て、私も吹き出して笑った
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