可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
社長と出先から戻ってきたのは、17時前だった
席に戻ると、部下達に頼んでいた書類が机の上に置いてあった
私が驚いてそれを見ていると、矢野くんが近くに来て言った


「とりあえず、あのデータ全部まとめてます。チェックお願いできますか?」
「全部!?」
「はい」
「凄い、よく出来たわね」
「俺たちの元上司、誰だと思ってます?」
「田村室長でしょ?」
「もう1人は?進藤課長もよく知ってると思いますけど?」
「ああ、木崎課長……じゃない。木崎部長か」
「そういうことです。じゃチェックよろしくお願いします」


そう言って矢野くんは席に戻って行った
部下達の席を見てみると、矢野くんと手塚さんしか居なかった
他の部下は、それぞれ担当役員と出掛けているんだろう


気を取り直して、書類に目を通すとほぼミス無く出来上がっているのに笑みを浮かべた


木崎部長は厳しい上司だったのね


そう思いながら早く帰る為に、仕事に集中した


家に帰りついたのは、19時30分を回った頃だった
玄関を開けると、いい匂いがした


「お帰り、奈南美さん」
「ただいま。あぁ疲れた」


帰って来るなりソファーに身体を預ける私を見て、相川くんは笑った


「本当に疲れてるね」
「うん。もうご飯食べた?」
「まだ。早く着替えておいで。準備しとくから。一緒に食べよう」
「ありがとう。あっ、その前に祥ちゃんに電話しなきゃ。皆川部長はもう帰ってるよね?」
「速攻定時で帰ったよ」


苦笑しながらキッチンへ行く相川くんを見て、私も笑って祥ちゃんに電話をかけた

皆川部長は、祥希子ちゃんが産まれてからというもの、親バカ炸裂で祥ちゃんも呆れているほどだった


「はい皆川です」
「F社、秘書室の進藤です。皆川取締役の奥様でしょうか?」
「あら、秘書室課長の進藤さん。この度は昇進おめでとうございます」
「もう、祥ちゃん。やめてよ!」
「あら、先に言ったのは奈南ちゃんよ?」


お互い吹き出して、笑い合った


「今、電話大丈夫?祥ちゃん」
「うん。慎一郎さんが祥希ちゃん見てくれてるし、大丈夫だよ」
「あの、お願いがあるんだけど……」
「慎一郎さんにさっき聞いた。来月の創立記念パーティーのことでしょ?安心して。ちゃんと出席するから」
「断ってもいいんだよ?社長には私から……」
「そういう訳にはいかないでしょ?進藤課長。それに、皆川部長?取締役って言った方がいいかしら?」


電話の向こうで、皆川部長がむせているのが聞こえる


「でも、祥希ちゃんどうするの?それに、祥ちゃんは大丈夫?」
「祥希ちゃんは慎一郎さんのご両親に頼むし、私はもう大丈夫。それに、私が慎一郎さんの顔に泥を塗るようなことすると思う?」
「……しないわね」
「でしょ?」


私は大きく息を吐いて、改めて祥ちゃんにお願いした


「詳しい資料は、こちらで準備しますから。出来上がり次第皆川部長に渡しておきます」
「はい、よろしくお願いします」
「あまり根を詰めないで大丈夫だから。私の部下を1人皆川部長夫妻に付けますので、安心して下さい」
「はい。分かりました」
「本当にありがとう。祥ちゃん」
「いいえ。お心遣い感謝します。あっ、祥希ちゃんが泣いてる。またゆっくりね奈南ちゃん」
「うん、またね」


電話を切って思わず呟いた


「祥ちゃんは凄い」
「何?どうした?」


相川くんが私の隣に座って頭を撫でる
私は小さく笑った


「何でもない。祥ちゃんには適わないって思っただけ。着替えてくるね」


私はにっこり笑って自分の部屋へ向かった

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