可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
創立記念パーティー
「……今日の予定は以上です。あと、創立記念パーティーの出席予定者のリストが出来ましたので、目を通しておいて下さい。社長、いい加減私の左手をガン見するのはやめてもらえないでしょうか?」
「いや、うちの社員は高収入なんだなと改めて思っただけだよ」
「その給料を決めているのは、社長では?」
「君も言うようになったねえ」
「ええ、最近は社長に遠慮するのも馬鹿らしくなってきましたので、言いたいことは言わせていただきます」


私がわざとらしくにっこり笑うと、社長は肩を竦めた


相川くんから貰ったエンゲージリングを嵌めてからというもの、会う人会う人の視線が私の左手に止まるようになった
この社長でさえも
しかもこの社長、一緒に仕事をしているうちに、曲者ぶりが段々と分かってきたので、私も遠慮なくずけずけと言うようになった
社長もそれを楽しんでいるようだが


「進藤課長、悪いが相川課長を呼んでくれないか」
「相川課長ですか?。分かりました」
「心配しなくても、君の悪口は言わないから安心しなさい」
「そんな事言われたら、相川課長が報告してくれると思うので、後で聞くことにします。では失礼します」


社長室から出るとき、後ろから「仲がいいねぇ」と聞こえたのは無視した


自分の席に戻り、相川くんに連絡して数分後、何で自分が呼ばれたんだか分からないという顔をした相川くんが秘書室にやってきた


「何?その顔」
「いや、皆川部長なら分かるけど……」


まだ納得がいかない顔をしている相川くんに苦笑して、社長室に取り次いだ


「2人で話したいから、相川課長1人で来てって言ってます」
「分かりました。とりあえず行ってきます」


結局相川くんは、社長室に行くまで怪訝そうな顔をしていた


しばらくすると、皆川部長が秘書室にやってきた


「どうしたんですか?」
「社長から『たまには役員室で取締役としての仕事もしろ』って言われたんだ。今、相川入ってるんだろ?進藤課長は入らなくていいのか?」
「社長が2人で話したいと言ってましたので」


皆川部長も怪訝そうな顔をしたが、仕事片付けてくると言って、役員室に向かって行った

皆川部長の役員室の机の上を思い浮かべて、小さく溜め息をついた

「宇佐美くん、皆川部長の部屋に行って手伝ってあげて。いくら皆川部長でも、1人で処理するのは大変だろうから」
「はい、分かりました」
「ついでに、皆川部長の仕事ぶりを見ておいて。勉強になるから」
「はい!」


うちの会社は、取締役以上になると役員室が宛がわれる
でも皆川部長は取締役に昇格する条件として「海外事業部に居てもいいんなら」と社長に言い、社長もそれを承諾した
でも取締役としての仕事は役員室でやってもらわないと困るのだが、皆川部長はなかなか役員室には来てくれない
なので、皆川部長の机の上には書類がどんどん増えていってしまう

秘書室としても仕事が滞るので、先日社長に一言言って下さいとお願いしたばかりだった


「進藤課長、僕も皆川部長の手伝いしてみたかったです」


そう言ったのは名村くん
他の部下たちも、頷いていた
皆川部長の仕事ぶりは、皆も噂でしか聞いてないからだろう

通常役員になったら秘書室から担当の秘書がつくのだが、皆川部長はそれさえも断った
社長も、「どうせ役員室にはほとんど来ないんだから、その都度秘書室のメンバーがつけばいい」とみんなを納得させた


「心配しなくても、全員順番に手伝ってもらうから。きっと書類がたまらないと皆川部長も来ないだろうしね」


それもそうかと、皆納得したらしく笑っていた


そうこうしているうちに、相川くんが社長室から帰って来た
何だか微妙な顔をしていたので、首を傾げて見上げていると、苦笑して頭をポンポンとされた
皆の目があるのにと、ちょっと睨んでいると電話が鳴った


「はい、進藤です」
「皆川です。悪いけど、相川が出てきたら僕の部屋に来るように……あぁ」


電話の向こうから書類が雪崩れる音がした


「相川課長はもう部長の秘書ではありませんが?うちの宇佐美では力不足でしょうか?」
「いや、そんな次元の問題じゃなくて……」
「これに懲りて、これからは役員室でも仕事をして下さいね」


電話を切って、相川くんを見ると口に手をあてて笑いを堪えていた


「相川課長、済みませんが……」
「分かりました。ちょっと行ってきます。矢野くんと名村くんも連れて行っていいですか?」
「構いません。むしろよろしくお願いします」
「はい。佐藤さん、悪いけどこれ社長からの書類なんだ。預かっといてもらえますか?大事な書類だから、誰にも見せないようにお願いします」


急に呼ばれた佐藤さんはちょっとびっくりしていたようだが、はい、と相川くんから書類を受け取った


相川くん達は皆川部長の部屋へ連れ立って行った


「進藤課長、何で相川課長は私にこの書類預けたんですかね?進藤課長に預ければよかったのに」


佐藤さんが首を傾げていたから、こう言った


「私に見られたくない書類でも入ってるのよ、きっと」


まさかと笑う佐藤さんにつられて、私も笑った
でも、本当に私に見られたくない書類が入っていたとは夢にも思わなかった
それを知ったのは、もうちょっと後の事


その日は私の方が早く帰ったので、夕食を作って相川くんを出迎えた
2人で夕食を食べた後、ソファーに座ってお茶を飲んでいた

「相川くん、今日はありがとう。うちの部下を指導してくれて」
「いいえ。でもさすが秘書室にいるだけあるよ。みんな仕事が早い」
「ああ、矢野くんも『俺たちの元上司、誰だと思ってます?』って言ってたしね」
「あぁ、なるほどね」


拗ねた顔をしていたので、ヤバイと思って口を開いた


「でも、こうも言ってたよ。矢野くん」
「矢野が?何て?」
「『皆川部長と相川課長っていいコンビですね』って」
「……それ、あんまり嬉しくないし」


もっと拗ねちゃったよ
話を変えないと……


「そう言えば、社長と何話してたの?仕事の話?」
「え?あ、うん……仕事半分、プライベート半分かな?」


珍しく歯切れが悪い答えに首を傾げた


「プライベート半分って、私の事?」
「まあね」
「まさか、本当に悪口!?」
「何それ?」
「いや、こっちの話。で、社長何て?」


相川くんはお茶を1口飲んで、ふうっと息を吐いた


「『君達はいつ結婚するんだ?式は挙げるのか?エンゲージリングまで贈ってるんだから、近いうちにそのつもりなんだろ?』って」
「は?」
「だからこう言ってやったんだ『創立記念パーティーが終わったら、うちの両親と彼女を会わせるつもりです。それまでは彼女も忙しいですから。それは社長もよく分かってるでしょう』ってね」


びっくりしている私を見て、私の頬に手をあててにっこり笑う


「奈南美さん、パーティーが終わったら、うちの両親に会ってくれる?それから、式の事話し合おう。それでいい?」


私は相川くんの手に自分の手を重ねて、頷いた
相川くんは、私を優しく抱き締めてこう言った


「奈南美さん、大分元の身体に戻ったな」


もうっと言って、相川くんの背中を叩いた


今思えば、この時が嵐の前の静けさそのものだったかもしれない
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