可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
「時期的に考えて、尊の子供には間違いなかった。南美さんは分かっていたのね。あなたを産んだら、必ず私があなたを南美さんから奪おうとする。だからその前に施設に預けた」


だから母は私を施設に預ける時に言ったのだろう
『必ず迎えに来る』


でもね?と志賀崎さんは自嘲気味に笑いながら言った


「私は南美さんに一番ダメージを与える方法を思いついたの」
「一番ダメージを与える方法?」
「そう。あなたを施設から引き取る日に、私は南美さんが死に物狂いで築いた会社を、買収しようとした」
「そんな」


母は私を迎えに行くはずだった日、10年ぶりに志賀崎さんに会うためにこの家を訪れた



「なぜ今日なんですか?」
「私が何も考えなしに10年間もあなたを自由にしてたと思うの?」
「目的は?会社ですか?奈南美ですか?」
「さあ?私はあなたが苦しめばどちらでもかまわないのよ?」
「……っ」
「そうねぇ。あなたが娘をこちらに差し出せば、あなたの会社を諦めてあげる。だってその子は尊の子。志賀崎家の血を引く子。私が育てるのが筋だと思わない?」
「……ざけないで」
「なあに?」
「ふざけないで!奈南美は私が産んだ子です!絶対に渡しません!」
「じゃあ、会社は諦めるのね!」
「誰が諦めるもんですか!私は、奈南美も会社も守ってみせます!もう……もう、私は10年前の私ではありません!」


母がそんなことを
私を守るって……?


「もう本当に、10年前の南美さんじゃなかった。母として、経営者として、強い女性になっていたわ」


志賀崎さんはふうっと息を吐くと、それが合図のように杉山さんがお茶を用意してくれた


「相川さん?これで私の役目は終わったかしら?」
「はい、ありがとうございまいた」
「役目って、どういうこと?相川くん?」


私が相川くんに尋ねると相川くんはにっこり笑って言った


「今聞いた話を奈南美さんのお母さんから直接聞いたら、奈南美さんは信じられた?」
「えっ?」
「自分が志賀崎淳之介の血を引いてて、お母さんが捨て子だったなんて、信じられなかったんじゃない?」


確かにそうかもしれない
教科書にも載っている志賀崎淳之介
自分がその人のひ孫にあたるなんて
それに、母が捨て子だったなんて
母から直接聞いていたら、ただ同情を誘うだけの嘘だと思ったかもしれない

相川くんは私の頬を優しく撫でて微笑んだ


「だから、志賀崎さんに頼んだんだ。奈南美さんに、奈南美さんのお父さんとお母さんのことを教えてあげて下さいって」


それを聞いて志賀崎さんはふふふっと笑いながら言った


「相川さんひどいのよ?私が教えないと、あなたに一生会わせないって、脅されたの」
「そんな、相川くんっ」


志賀崎グループの実質当主になんてことを言うんだこの人は
私が呆気にとられていると、志賀崎さんは奈南美さん?と私の手を握ってきた


「私があなたの両親に、特にあなたのお母さんにしてきたことは決して許されることじゃないわ。私も今更許してもらおうなんて思ってない。あなたのお母さんは何一つ悪いことはしていないんだから。恨むなら私を恨みなさい。私はそれくらいの覚悟はできてる。でもあなたには、奈南美さんには一度でいいから会いたかった」


志賀崎さんが泣きながら私の顔を両手で包んだ


「あなたは尊の子。私のたった一人の孫娘。死ぬ前に一目だけでも……もう思い残すことは何もないわ」


そして私を優しく抱きしめた


「幸せにおなりなさい、奈南美さん。あなたは幸せにならなきゃいけない。尊の分も、南美さんの分も、そして、私の分も。結婚おめでとう、奈南美さん」


私は志賀崎さん抱きしめられたまま、涙を堪えることができなかった
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