可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
「でも、長生きしてね」
「ええ?」
「やっとこうやって話せるようになったのに。早死にされたら困るわ」
「まあ!」
「それに、いつかお母さんの会社に入れてもらおうと思ってるのに、その時にいてもらわないと困るしね」
「えっ?」


びっくりしている母に私はちゃんと向き合って言った


「お母さん、私ね?子供が出来たら、今の会社を辞めようと思ってるの。自分の子供には、寂しい思いをさせたくないから。これは、吉田社長にも言ってるし、健次も分かってくれてる。でも、子供が大きくなって、手がかからなくなって、また働きたくなったら、その時は、お母さんの会社で働きたいの」


私の言葉に母は何も言えずにいたが、私はそのまま続けた


「雑用でもなんでもいいから、もし使いものにならないならクビにしてくれてもいいから。ダメ、かな?」


私が伺うように見ると、母はポロポロと涙を零した


「……ダメなわけないじゃない」
「お母さん?」
「ダメなわけない。いつでもいらっしゃい。あの会社は、元々あなたに何か残したくて作った会社なのよ」
「え?」


母は涙を拭ってにっこり笑った


「どういうこと?」
「あなたを引き取るためというのもあったけど、私は天涯孤独だったから、あなたには何も残してあげられない。でも何かを残してあげたかった。私がいなくなってもあなたが困らないように。だから会社を作ったの」


だから、私がF社に入社したときあんなに怒ったのだろうか
私の為にと作った会社を、私が拒否したから


「F社の社長秘書がうちの会社に来てくれるなんて、大歓迎よ。いつでもいらっしゃい」


母の言葉に涙を堪えながら、よろしくお願いしますと頭を下げた
母もこちらこそと言ってくれて、ああそうだと立ち上がって何かを持ってきた


「これ、あなたに返すわ」


そう言って差し出されたのは通帳と印鑑
名義は私の名前だった


「何?これ」
「あなたが家を出てから送金してきたお金全部、これに入ってる。これから新生活が始まるんだから、自分の為に使いなさい」


私は言葉が出なかった
家を出て行くとき、『私にかかった費用は少しずつですがお返しします』と置き手紙をして出て行った
それから毎月母に送金していた
それを全部貯めていたの?


「お母さん……」
「あなたの稼いだお金よ。とても使える気にはならなかった。でも、ちゃんとこうして渡せる日がきてよかった。本当にあなたってばこうして律儀に送金してくるんだから」
「それは、だって……」


私が言葉に詰まると、いいのよと母が笑った


「私への当てつけだとは分かっていたけど、でも毎月こうやって送金してくるってことは、あなたが元気でやってるってことだから。だから、通帳見るたび安心してたのよ」
「お母さん……」
「ねえ、奈南美?」
「ん?」
「これからも、こうやって……時々でいいから、ここに来てくれる?」


自信なさげに言う母に笑いながら言った


「来るわよ。もういい加減にしなさいって言われるぐらいにね。だから、覚悟してね?お母さん」
「まあ!それは大変ね!」


2人でぷっと吹き出して笑った


「ねえねえ、お母さん。お父さんのこと聞かせて?どんな人だったの?」
「そうねえ。何から話せばいいかしらねぇ……」


こうして2人でずっと喋った
父のこと
母の会社のこと
母が子供のころのこと
私が家を出て行った後のこと
色々と、今までの分を取り返すように、母と喋り続けた
佳苗さんにいい加減に休んだらどうですか?と怒られるぐらいにずっと喋っていた
そんな当たり前のことが楽しくて幸せだと思った


それからの1週間は、ずっと母といたように思う

祥ちゃんが来た時も、母も一緒にご飯を食べて「女子会ってこんな感じなのかしら?」と言って、私と祥ちゃんを笑わせた
それからも母と一緒に買い物に行ったり、ご飯を食べに行ったり、ただ家で喋ったり、本当にずっと母と過ごした


そして結婚式の前日、私達は志賀崎家のお墓の前にいた
2人でお墓に線香とお花を供えて手を合わせた


『お父さん、奈南美です。明日お嫁に行きます。今度、健次と一緒に来ます。お母さんを天国から見守っていてください」


私がそう報告して目を開けると、母はまだ手を合わせていた
しばらくそうしていた母は、ようやく目を開けて私を見た


「行きましょうか」
「うん。随分長いこと手を合わせてたけど、お父さんに何言ってたの?」
「ん?内緒」
「ええ〜?教えてくれてもいいじゃない」
「嫌よ。早く、行くわよ」
「ちょっ、お母さん。待ってよ」


足早に帰る母を、もうっと言いながら、急いで追いかけた



『先輩、奈南美が……私達の娘が、明日結婚します。どうか、見守ってあげて下さい。それと、私はしばらくそちらに行けそうにありません。孫を抱いてみたいので……だから、もうしばらく待っていて下さい。でももし、その時が来たら、迎えに来てくれると嬉しいです』



そして、とうとう結婚式当日を迎えた
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