結論、保護欲高めの社長は甘い狼である。
ドジだなぁ、と含み笑いしてその様子を眺めていると、事務所のほうからひとりの男性がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。

その瞬間、ドキリと胸が鳴る。

スタイル良く気品もあり、私たち社員とはまるで違うオーラを放つ彼は、わが社トップの泉堂社長だったから。


「社長! おはようございます」


事務所のほうでもこちらでも、社員たちが口々に挨拶をし、麗しい笑みを讃えて「おはよう」と返す社長。

若いけれど、皆が敬意と尊敬の念を持って接しているのは、彼がとても優秀で統率力に長けているからに他ならない。

そんな彼は、「油がこぼれているので気をつけてください」と言われ、戸口で立ち止まっている。

どうしたんだろう、社長が研究室に来ることなんて滅多にないのに。

昨日ぶつかってしまったことを思い出し、なんだか気まずくなる。けど、そう感じているのは私だけだもんね。

気を取り直して試作を続けようとコンチェに向き直った直後、研究室に滑らかな声が響き渡る。


「忙しいところすみませんね。倉橋 綺代さんはいますか?」


……ん? なんか今、私の名前が聞こえたような。

いや、気のせいだよね。彼が私なんかに用があるはずがないし、第一名前だって知られていないだろうし。

< 20 / 276 >

この作品をシェア

pagetop