彼と恋のレベル上げ(10/6おまけ追加)
大水槽はゆっくり見られるように広い空間になっていた。
広いといっても今日はかなり混雑してるので好きな場所で見ることはできないけれど。


「前で見ましょうか?」


後ろから主任が声を掛けてくれた。
見ているときは離されてしまう手も移動する時にはちゃんとまた繋がれている。
迷子にならないようにと主任の気遣いが伺えるけど、まるで小さい子供扱いに苦笑してしまう。


子供たちに混ざって前の方に移動させてくれる主任。
いつのまにか手は離されていて、今は肩に手が置かれている。
その置かれている場所から熱が上がって顔が赤くなってしまわないか不安で。

水槽にはスポットが当たっているけれどフロア自体は少し暗めだからきっと気づかないよね?
ていうか気づかないで!

目の前の水槽なんて全然見えてなくて。
いや、見えてるんだけどそれどころじゃなくて。
肩に意識が全部いっちゃう。


どうか、どうか、この心臓の音。
主任に聞こえませんように。


フゥー


目をぎゅって瞑ってそんなことを考えていたら頭上から聞こえてきた小さなため息。


え?
主任のため息?
もしかして疲れちゃった?


目を開けて顔を上げると水槽にうっすらと映る主任をそっと見る。
水槽の魚を見ているのかと思えばそうでもないみたい。


どこを、見てるんですか?
何を、思ってるんですか?


そのため息は
何を思う、ため息ですか?


肩からはずされた手はそのまま下に降りていって二の腕を一度つかむ。
そして頭上から聞こえてきたのはいつもと変わらない主任の声。


「ほら、あそこにおいしそうなのがいますよ」

「…っ、ちょっと、主任。それは、もうっ」


いつもと変わらないじゃなくて、いつもよりも意地悪なが正解だった。

さっきのため息は疲れちゃったから?
そうだよね。三時間運転しっぱなしで、ご飯も食べずにそのままここに来ちゃったんだから。


「主任、ちょっと休憩しませんか?」

「あ、疲れましたか?」


そうじゃなくて。
主任が、疲れたんじゃないかと思うんですけど。


「いえ、そろそろお昼時間もすぎましたし、お店もすいてきたかなーと」

「そうですね。それでは休憩しますか」


さっき一瞬見えた主任の顔は少し寂しそうで。
その顔の理由が知りたくて。
そのため息の意味が知りたくて。

こんなに近くにいても主任のこと。全然知らない自分がなんとも歯がゆく思う。
< 298 / 439 >

この作品をシェア

pagetop