奈良まち はじまり 朝ごはん
第二話 『思い出おにぎり』
東京では最近見なくなったツバメが、奈良の空を切るように飛んでいる。
座っているベンチの隣では、さっきからナムが気持ちよさそうに寝ていた。この一週間でだいぶ慣れてきたみたいで、近くに寄ってくれるようにはなっていた。
が、まだおさわりはNGらしく、なでようとすると瞬時にそれを察知し、逃げられてしまうけれど。だいぶとがっているように見える足の爪を切ってあげたいけれど、さわらせてももらえないんじゃまだまだ先の話になりそう。それでも少しずつ受け入れてくれているみたいでうれしいこのごろ。
「ナムから見た空は私のよりももっと高いんだよね?」
尋ねると少しだけ片目を開けてからまた眠ってしまう。
ほんと、抜けるような青空。
奈良にも梅雨はあるのかな。盆地だからそこまで雨は降らないのかもしれない。
さっきから軒先でえんどう豆の筋をとっている私。なかなか手早くはできず悪戦苦闘してしまっている。お手本の雄也は手際良くできていたのにな。
この野菜の正式名称は『碓井えんどう』というらしい。この間雄也が言っていた大和野菜の一種なのかもしれない。見た目は普通のえんどう豆に比べると薄い緑色だが、ぷっくりと膨れた豆は大粒で存在感があった。それにしても、途中で筋が切れてしまうのはなぜなんだろう?
「おい、まだか」
顔を出したのは師匠である店主の雄也。今日も茶色の着物姿で仏頂面を隠そうともしない。
「この着物、ほんと動きにくいよね」
私に与えられた着物はえんじ色。慣れないたすき掛けをしているせいで背中が突っ張って、なんだか操り人形のように感じてしまう。うまくできないのはきっとこれのせいもある。
「アホか。それは着物じゃない。作務衣って言うんだ」
「作務衣?」
「むしろそれより動きやすい服があったら教えてほしいくらいだ」
言うだけ言って首を引っこめてしまう。
はいはい、わかりましたよ。急いでやりますから。
朝の光がならまちを照らしている。出勤のときは空も薄い紫色だったのに、あっという間に青色に塗り替えられている。
もうすぐ開店時間の六時になる。
「もう一週間か」
つぶやいてみるけれど、ナムはあいかわらず知らん顔。