奈良まち はじまり 朝ごはん
「……わからない」
本当にわからないのだろう。唇をぎゅっとかんで涙をこぼす姿に、静かに私はうなずいた。
「だったら」
そこで一息ついた。
「今からでもやり直せるんじゃないでしょうか? おふたりは急いで結婚をするつもりもないと思いますよ」
そのとき、ずっと黙っていた河村さんが口を開いた。
「僕たちにとって一番大切なのは、夏芽ちゃんなんだよ。十年待ったんだから、あと何年待っても同じだよ」
にこやかに笑う河村さんは本当にやさしい人なんだ、と思った。
「でも……」
まだ迷う夏芽ちゃんの頬にこぼれる涙を、お母さんはハンカチで拭いた。
「私も少し焦ってたのね。あなたの気持ちを考えようともしなかった。これからは十分気をつけるから」
自分のほうが涙でぐしゃぐしゃなのに、なんだかほほ笑ましくてそのぶん、泣きそうになってしまう。
うつむいた夏芽ちゃんに雄也が言う。
「どうでもいいが、さっさと食ってくれ。せっかく作ったのに冷めちまうだろ」
ぶっきらぼうな言いかたに、夏芽ちゃんは顔を上げた。ああ、さっきよりもやさしい顔になっている。
「うん」
箸を手にした夏芽ちゃんにならって他の人も食べ始める。
三人が揃っておにぎりをほおばる姿に、自然と目じりが下がってしまう。
「どうして雄ちゃんは私の記憶にいるお父さんが、河村さんだってわかったの?」
こぼれる具に苦戦しながら尋ねる夏芽ちゃんに、雄也が洗い物を片づけながら、
「んなの簡単だ」
と、言った。
「それ私も聞きたいです」
私もそう言うと、雄也は「やれやれ」とでもいう感じで蛇口を止めた。
「こないだふたりがここに来たときに、自分で言ってただろ」
「え?」
思い当たる節がなく、夏芽ちゃんと顔を見合わせた。
「河村さんは、『風疹の予防接種の日のことを覚えていないか?』と、言っていた。風疹の予防接種は普通、小学校に上がる前に終わらせることになっているはずだ。つまり、そんな幼いころから夏芽と関わっていた、ってことだ」
そういえばそんなことを言っていた記憶がある。今さらながら思い当たる事実に、雄也は私を見てうなずいてみせる。
「だから確認のためにおにぎりを握らせてみた。夏芽が前に言ってたろ、『普通じゃないおにぎり』だった、って。たしかにこれは普通じゃない」
雄也の批評に河村さんは顔を赤らめた。