優しさは灰色
「なんで……」
ガタン、と鳴瀬が席を立つ。
胸倉を掴まれそうな勢いで近づかれて、ほんの少し身を引いた。
「なんで自分の名前を書かなかったんだよ!」
眉間に深く刻まれたしわに戸惑いながら、まばたきを繰り返す。
どうしてあんたがそんな顔をしているの?
「だって、真優は健人が好きだから。健人も真優が好きだから」
「そんなこと言って、お前だって健人のことが好きだっただろ!」
そうだよ。好きだった。
消しゴムに名前を刻みたいと思うほど、苦しくて一層のことバレてしまえばと思うほど。
……だけど、なにもできないほど。
「真優はね、私のことが好きなの。それで、私も真優のことが好きなんだ」
私のことばかり気にして、自分の気持ちを隠してしまう真優が心底嫌いだったし、信じられないと思っていた。
私にはない優しさに甘やかされて、そんな自分が醜くてやるせなかった。
「だから、彼女の優しさに甘えたくなかった。私の気持ちに気づいて健人と距離を取っているのも、私の気持ちに気づかないふりをしてそばにいてくれるのも、もう嫌だったの」
私は、自分を、好きになりたかったんだ。
「ばかだと思うなら、笑えばいいよ」
「……笑わねぇよ」
「そっか」
自分の名前を消しゴムに掘って、刻みつけて、なかったことにできないようにした。
でもこれからのことを考えて、ふたりのことを想って、気づけば私にはない〝優しさ〟をそこにつけ足していた。
そのことを後悔したくないよ。
後悔しないよ。