優しさは灰色
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きゅっと廊下と上履きが擦れあう。
周りのざわめきにかき消されそうになるも、わずかにつんのめった私に気づいたのか、隣にいる健人が気遣ってくれる。
「大丈夫?」
「平気平気」
3人でお弁当を食べている時に現れた数学教師にノートを取りに来るよう指示されてしまい、ついさっき食べ終えたばかりだというのに私たちは仕事をこなしている。
すっかり忘れていたけど、今日はどうやら私たちが日直だったらしいんだ。
卵焼きは、結局私の口に入ることになった。
丁寧に巻かれた黄色にそれは、甘く優しい味が口いっぱいに広がって確かにとても美味しく。
だからこそ後悔のように、喉に引っかかりながら飲みこんだ。
そして、まだ食べ終えていなかった真優をひとり置いて、私たちは職員室に来た。
昼休みにわざわざ仕事を言いつけるなんて、先生も意地が悪い。
クラス全員分をふたりで手分けして運ぶも、思った以上にかさ張る。
苦戦している様子が見ていられなかったのか、健人は私が持っていたノートの束を自分の持っていた束にいくつか重ねた。
「ありがとう……」
「こんなにたくさん持っていられないよね」
にっこりと笑って、その表情に心臓が跳ねるみたいだ。
大したことないはずなのに、他の誰かにしても助かるなくらいにしか思わないはずなのに、どうして好きな人がしてくれたことはこんなにも胸に突き刺さるんだろう。
誰にも言えないけれど、そっと心の中で大事に隠してしまう。
柔らかな、かすかな、この喜び。
ノートの重みで痺れていたはずの手先が、健人への恋しさで満ちる。
この優しさが、特別でないから甘受できているのだとわかっていても、悔しい。でも嬉しい。
言葉少なになってしまった私を不思議そうに見つめながらも、健人はいつもと変わらない。
そのうちに教室について、教卓の前にノートを積み上げた。
「昼休みが終わる前に、みんな自分のノートは回収しておいて〜」
健人の言葉にバラバラと寄って来るクラスメートを避けるように、自分と私と、それから真優の分のノートだけを手に人の波をすり抜けた。