優しさは灰色
待って、という私の言葉は間に合わない。
目の前にいるはずの健人に届く前に、言葉は床に落ちていく。
シャーペンの隣に転がって、いつだってどんな想いも、健人に知られることはないまま。
それは、今回も同じだ。
「これって……」
消しゴムのケースを外した健人が目を見開く。
彼はそこに刻まれた文字がいつからあったのかすら知らない。
それを知っていたのは、書きこんだ本人である私と、その現場に遭遇した鳴瀬だけだ。
だけど、鳴瀬も知らないことがひとつだけある。
「なぁ、これってどういうことだろう」
「そんなの決まってるじゃん。そういうこと、だよ」
そっと瞳を伏せる。
ぽつりとこぼす言葉は躊躇いから小さくなるも、ふたりにはかろうじて聞こえただろう。
鳴瀬の行動の理由が優しさか意地悪か、そんなことはわからないけど、だけど、今の状況も鳴瀬には真実と違って見えているんだろう。
ああ、ばかだね、私もあんたも。どうしようもないよ。
「上条は僕のことが、好きなのかな」
健人の真っ白い消しゴムに刻まれた名前は〝真優〟だというのに。
「私はなにも言えない。だけど健人の気持ちも、真優の気持ちも、私はよく……知っていたよ」
目をそらして、気づかないふり。
そんなのはもうやめだ。
あんなの書かなければよかったなんて思った私のわずかな後悔ごと、みんな持って行ってよ。
「健人、今度ジュースおごってね」
「え?」
「残りの日誌は書いておいてあげる」
「っ、ありがとう!」
健人が走って教室を出て行く。心を弾ませて、真っ白い想いを握り締めて。
私はただその後ろ姿を見送った。
嫌い、大嫌い。
お互い想いあっているくせに、誤魔化して、笑って、私に優しくするふたりが嫌いだ。
だからもう、……幸せになっちゃえ。