今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 特に偽る必要もないかと考え、こくりと頷く。

「家名は?」

「そんな大層なものじゃないですけど、一応、アリーナ・コレールです。血縁者は全員亡くなったので、もしかしたら違うかもしれませんが。確かめる術がないので」

「……そうか」

「ま、別にここでは普通のことですよ。子供は捨てられることも多いし、そもそも寿命も多分あなたたちよりは大体短いと思いますし。だから家名っていうか、どのアリーナか識別するため? っていうか。それだけのものです」

 まるで悼むように俯いたカディスに笑って首を振る。やはり、この人たちと自分たちは違うのだなと実感する。
 正直、面倒臭いな、と思う。

「それならやはり問題ないな」

 ぼそりと呟かれた言葉に視線を向ける。

「お前、働くところがないだろう?」

 平然とそう宣うカディスをアリーナは思わず睨みつけた。
 こんなことになったのは一体誰のせいだと思っているのか。

「そんな顔をするな。はじめから責任を取るつもりでやったことだ」

「責任?」

「お前をこれから城に連れていく。働き口も身寄りもないならいいだろう」

 ぽかん、と口を開けた。間抜けな顔でカディスを見つめ返す。言われた言葉を何度も反芻する。

「は、どうして、私なんかを……!?」

「言ったはずだ。お前が必要だと」

 ──『聞け。俺にはお前が必要だ』

 アリーナは昨夜の男の言葉を思い出す。確かにそう言ってはいたけれど。
 でも、あの爛々と光る赤い瞳は。

「……あれは、あなたじゃ……」

「『あれ』も俺だ」

 ずいとカディスが近づく。その美しい顔は、瞳を除けばあの男と全て同じで、思い出して頬が赤くなるのがわかった。

「とにかく……ふざけるのはやめてください! 皇帝陛下が、こんなことをする意味がわかりません!」

 押し返そうと伸ばした手が握られた。必死に抵抗するが振り払えない。

「俺はふざけてなどいない。とにかく、城に来てもらう」

 足を掬われ、ひょいと抱えあげられる。俗にいうお姫様抱っこというやつだ。しかしそんな状況にも心躍るはずもなく、アリーナは顔を真っ青にしてじたばたともがいた。

「や、やだ……!」

 いつまでも抵抗をやめないアリーナにカディスは呆れたように嘆息した。

「まったく、とんだお転婆娘だ」

 言葉とは裏腹に、可笑しくて仕方がないと言わんばかりにはねた声で呟く。ついアリーナが見上げた時、ばちりと視線が合う。

 その瞳は、あの時と同じ濃い血のような赤色で。

 視線が逸らせない。まるで、捕らわれた獲物のように。
 そのままなすすべもなく見つめられていると、だんだんと視界が歪んでいき──やがて、ぷつりと意識が途切れた。
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