今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 ゆっくりと目を開ける。不思議なほどに不快感はない。ぼんやりと陽炎のように揺らいでいた視界が、暫くして明確に像を結ぶ。

 高い乳白色の天井に大理石の床。宝石の嵌ったドレッサーや木目の美しいタンスなど、見るからに高級そうな調度品の数々。
 そして自分が寝ているのが四方に前転ができるほどの大きさのベッドだということに気がついて、アリーナは飛び起きた。こんないいベッドで寝ていて不快感なんてあるはずがない。

 ──ここはどこ!?

 パニックになったアリーナはベッドから転がり落ちた。ずどん、と思ったより大きな音を立てて尻もちをつく。
 痛みで少しばかり落ち着き、周りを見回す。広い個室のようだった。人の気配はない。ベッド横の棚の上に鳥を模した綺麗な水さしがあるのが見えた。

 がちゃ、とドアノブが回る音。勢いよく扉が開いて誰かが飛び込んできた。

「どうした、何があった!」

 艶やかな黒髪を乱し肩で息をしているのに、それすらも完璧に見えるのだから驚きだ。

「……皇帝陛下」

「まったく、少し目を離すとこれだ」

「皇帝陛下!」

 カディスはやっとこちらを見た。

「なんだ? ああ、よく眠れただろう。そのベッドは特注のもので──」

「まさか、本当に連れてきたんですか」

 鋭く言うと、機嫌が良さそうに話していたカディスが口を閉ざした。

「……帰してください」

「駄目だ」

 答えは素早く、簡潔なものだった。

「ここにいれば何でも手に入るぞ。試しに言ってみろ、すぐに準備してやるから」

 何の気負いもなく放たれたその言葉が、酷く気に障った。一番嫌なところに嵌りこんで、ぐりぐりとアリーナの心を抉った。
 込み上げてくる激情が喉を締め付ける。

「あなたが──あなたが私にくれようとしているものは、何一つあなたが作ったものじゃない。誰かが一生懸命作ったもの。それをお金で買っただけのくせに。そんなのくれても何も嬉しくない」

 吐き捨てる。

「もし私が欲しがるとするなら、あなたが作ったものだけ。あなたに何があるって言うの」

 部屋に息もまともにできないような重い沈黙が降りた。
 このまま怒って追い出せばいい、とアリーナは思った。合わない。自分たちはどうやっても交わらない。世界が違いすぎる。
 だからこれは、どうせ、ただの気まぐれにちがいないのだから。
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