今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 どのくらいの間ふたりで床を見つめていただろうか。靴を鳴らしながら近づいてきたカディスをアリーナは胡乱な目で見上げる。

「簡単なことだ」

 カディスはそう言うや否やアリーナの肩を掴んで押し倒した。

「何……何!? や……っ」

「『やめて』? 昨夜あれだけ愉しんでおいてか」

 片手でアリーナの両手をおさえつけるとぷちりとボタンを外す。

「こんなに首を隠して、意識していますと言っているようなものだ」

 カディスは顕になったアリーナの白い首筋をそっと撫でる。確かに残る、2つの小さな穴。突き立てられた牙の痕──昨夜の証拠。
 端整な顔が近づく。撫でた手を追うように、唇を当てる。

「こうしてお前の欲しがるものを与えることなんて、簡単──」

 ぱぁん! と鋭い音が部屋に響いた。拘束が緩んだ隙をついてアリーナがカディスの頬を思いっきり打ったのだ。

「やめてって……言ってるでしょ」

 きつく睨みつける。カディスの唇から、つうと一筋血が零れた。

「まさか、俺の方が血を出すことになるとはな」

 笑って、高そうなブラウスの裾で雑に拭う。

「おかしな女だ。昨日はあんなに従順だったのに。何もかもどうでもよさそうな目をしていたくせに」

 ──違う。本当にどうでもよかったのだ。自分の身体がどうなろうと。
 でも『あれ』は、もう一度されたら本当に忘れられなくなりそうで。駄目だとわかっていても、理性が追いつかなくて。

 だから、またされるがままになるわけにはいかなかった。身体は奪われてもいい。でも……感情までままならなくなるわけにはいかない。
 絶対に。

 距離を取り素早く服を直してから、首に手をやる。カディスの唇が触れた場所が熱い、気がする。
 そのせいで、また昨夜のことがフラッシュバックする。あの、魅惑的な爛々と光る瞳。

 ──赤い光を見たら気をつけろ。

「あなたは……まさか。本当に、吸血鬼……?」

「迷信と言われているんだろう」

 微妙に噛み合っていないことを言って、カディスは薄く笑った。

「ララ、仕事だ」

 一体いつからどこにいたのか、一人の少女が魔法のように唐突に現れる。アリーナと同じ歳か少し上くらいか。高く結わえた髪に華奢な体躯。
 ぎょっと目を剥くアリーナにララと呼ばれた少女が微笑む。

「アリーナ様のお世話をさせていただきます、ララと申します。どうぞ気軽にララとお呼びくださいませ」
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