今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「あんまりわかんないけど、気持ちいいから……多分いいと思います」

 お湯に浸かったことなんて、覚えている限りでもほとんどない。これだけの水があるなら別のことに使う。
 それに気がついたのかどうなのか、短い沈黙。

「これからはいつでも好きな時に入れますよ」

 アリーナは声を出さずに笑った。やはり貴族はすごいな、と思う。純粋に。ララも侍女とは言っていたが、城に仕えられるのだからそれなりの身分なのだろう。
 そしてその貴族の頂点が、あの男。

「……皇帝陛下って、どんな人ですか?」

「そうですね。ひとことで言うのは難しいですが、いい人ですよ」

「漠然としすぎでは……?」

「では──あのお方は、腐りかけたこの国を、立て直そうとして。それを行動に移して、今こうして皆を率いろうとしている。それだけの力をもっている方。それでいながら決しておごらない、私のようなものにも対等に接してくださる心の広い方です」

 アリーナは閉口した。ララがくすりと笑う。

「でも、アリーナ様にとってはそうではないでしょうから。いい人、とだけ申し上げておきます」

 含むような言い方。ララは自分とカディスのことについてどこまで知っているのだろう。
 とにかく、ただの侍女ではない気がする。

「ララさんって一体……」

 何者なのか、と問う前に、シャッとカーテンが勢いよく開け放たれた。
 バスタブから身を乗り出していたアリーナは慌ててお湯の中に身体を沈める。

「ちょ、ララさんなんで急に開けるんですか!」

「そろそろのぼせてしまうと思いまして」

「突然開ける必要はないですよね!?」

「まぁいいじゃないですか、減るもんじゃないですしぃ」

「あなたが言うな!」

 ぎゃいぎゃいと言い合いながら、どうにかこうにか下着は身につける。準備してあったのがドレスだったのだが、アリーナには着方がわからなかったのだ。そもそも着ることも拒否したが、これ以外無いと言われてしまった。

 仕方なくララに手伝ってもらいながら着替えを済ます。確かに、我ながら随分見栄えはましになったと思う。見栄えは。
 アリーナはそっとお腹に手をやった。こんなに苦しい思いをしているのかと思うと気が遠くなるけれど。ろくに動けもしない。

「ララさん。私はこれから何をすればいいんですか?」

 問うたアリーナを、ララが見つめ返す。

「逆に聞きますけど、そんな格好で何をするつもりなんでしょう?」

 わかっている。だから聞いたのだ。
 やはりこの服は、そういうことなのか。

「あなたはただここにいればいいんです。ご用事があれば陛下がいらっしゃいます」

「私はそんなこと、望んでないのに?」

 きっと睨みつける。それを受け止めていたララは、ややあって僅かに視線を逸らした。

「帰して」

「駄目です。……お願いしますから、いてください。アリーナ様」

 懇願するような声音に、しかし頷きはしなかった。
 カディスもララも──誰の何が本心なのか。アリーナにはわからなかった。
< 17 / 97 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop