今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
アリーナが身を引くより先に、男の手がアリーナの首に伸びる。微かに指先が触れ、離れた。
それは、カディスに噛み付かれた痕がある場所で。
「吸血鬼は、血が足りなければ死にますよ」
「え──」
ぱっと顔を上げるアリーナに薄く笑って、男は去っていった。
暫く呆然と立ち尽くしていたアリーナだったが、一度唇を噛み締めると再び部屋に戻る。
床に転がったままのカディスの傍らに座り、膝にその頭をのせる。
「あなた、本当に吸血鬼なの?」
答えるはずがないとわかっていて問う。
「本当に……死ぬの?」
浅い呼吸だけが返る。
あんなどこの誰とも知らない人の言葉を鵜呑みにするわけではない。けれど、それを思わず信じてしまいそうになるくらいに酷く生気のない顔だった。
アリーナはまだ誰も来ないことを確認して、紙で人差し指を切った。ちくりとした痛みとともにぷくりと血の玉が浮く。
ぎゅうと目をつぶる。その指をカディスの唇に触れさせた。柔らかな感触に肩をびくりと震わせながら、さらに指を突っ込む。
──なんでこんなことを……!
我に返ったアリーナが羞恥に顔を真っ赤にさせながら指を引き抜こうとした時、カディスの喉がごくりと上下した。
指の先が舐められ、吸われる感覚。
「……う……」
ぞわり、と背筋が震えた。恥ずかしい。自分は一体何をしているんだろう。
カディスの瞼が微かに震える。ゆっくりと持ち上がり、こちらを見るのは──赤色の瞳。
カディスが体を起こす。至近距離で見つめ合う。
「起きたんですか……?」
反応がない。ぼんやりと、こちらを見ているのに焦点の合わない目。
目の前に手を翳して振ると、その手が掴まれた。
「何ですか? 気づいてるなら、っ」
体重をかけられ、どさりと背中から倒れこむ。
そのままカディスが覆い被さってきた。
「ちょっと! またそうやって……」
荒い息遣いが首筋を撫でる。
ちゃんと覚醒したわけではないのか。言葉が通じないということに慄く。胸を押しても、ぴくりとも動かない。赤い瞳は、アリーナを映していない。
──怖い。
「……ティア……」
一瞬、固まった。
吐息に混ざって呼ばれた名前。
ああ、なんだ、そうか。そういうことか。
アリーナは声を漏らしてわらった。
カディスにも想い人はいるだろう。自分は、その『ティア』の代わりなのだ。本人には劣情をぶつけることができないから、代替品で我慢しているのだろう。
そういうことなら、やりやすくていい。
カディスは自分を代わりとして使い、自分はカディスを衣食住を保証してもらう。
そういうことなら、ここにいてもいい。
アリーナはカディスの頭を引き寄せた。
「死なれたら困るから。あなたを助ける理由はそれだけだから」
耳元で囁くと、その声が聞こえたわけでもないだろうが、カディスがアリーナの首筋に噛み付いた。
じくりとした痛み。そしていやでも感じる気持ちよさに、アリーナの目に涙が滲んだ。
それは、カディスに噛み付かれた痕がある場所で。
「吸血鬼は、血が足りなければ死にますよ」
「え──」
ぱっと顔を上げるアリーナに薄く笑って、男は去っていった。
暫く呆然と立ち尽くしていたアリーナだったが、一度唇を噛み締めると再び部屋に戻る。
床に転がったままのカディスの傍らに座り、膝にその頭をのせる。
「あなた、本当に吸血鬼なの?」
答えるはずがないとわかっていて問う。
「本当に……死ぬの?」
浅い呼吸だけが返る。
あんなどこの誰とも知らない人の言葉を鵜呑みにするわけではない。けれど、それを思わず信じてしまいそうになるくらいに酷く生気のない顔だった。
アリーナはまだ誰も来ないことを確認して、紙で人差し指を切った。ちくりとした痛みとともにぷくりと血の玉が浮く。
ぎゅうと目をつぶる。その指をカディスの唇に触れさせた。柔らかな感触に肩をびくりと震わせながら、さらに指を突っ込む。
──なんでこんなことを……!
我に返ったアリーナが羞恥に顔を真っ赤にさせながら指を引き抜こうとした時、カディスの喉がごくりと上下した。
指の先が舐められ、吸われる感覚。
「……う……」
ぞわり、と背筋が震えた。恥ずかしい。自分は一体何をしているんだろう。
カディスの瞼が微かに震える。ゆっくりと持ち上がり、こちらを見るのは──赤色の瞳。
カディスが体を起こす。至近距離で見つめ合う。
「起きたんですか……?」
反応がない。ぼんやりと、こちらを見ているのに焦点の合わない目。
目の前に手を翳して振ると、その手が掴まれた。
「何ですか? 気づいてるなら、っ」
体重をかけられ、どさりと背中から倒れこむ。
そのままカディスが覆い被さってきた。
「ちょっと! またそうやって……」
荒い息遣いが首筋を撫でる。
ちゃんと覚醒したわけではないのか。言葉が通じないということに慄く。胸を押しても、ぴくりとも動かない。赤い瞳は、アリーナを映していない。
──怖い。
「……ティア……」
一瞬、固まった。
吐息に混ざって呼ばれた名前。
ああ、なんだ、そうか。そういうことか。
アリーナは声を漏らしてわらった。
カディスにも想い人はいるだろう。自分は、その『ティア』の代わりなのだ。本人には劣情をぶつけることができないから、代替品で我慢しているのだろう。
そういうことなら、やりやすくていい。
カディスは自分を代わりとして使い、自分はカディスを衣食住を保証してもらう。
そういうことなら、ここにいてもいい。
アリーナはカディスの頭を引き寄せた。
「死なれたら困るから。あなたを助ける理由はそれだけだから」
耳元で囁くと、その声が聞こえたわけでもないだろうが、カディスがアリーナの首筋に噛み付いた。
じくりとした痛み。そしていやでも感じる気持ちよさに、アリーナの目に涙が滲んだ。