今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「以前、一度だけ」

 それ以上の追求ができないようなきっぱりとした声音。そして彼女自身それ以上言う気は無いようだった。

 先程までの様子が嘘のようにララはにっこりと微笑む。

「さあ、まだまだ覚えなくてはいけないことがたくさんあります。早くやってしまいましょう」



 時計の針が2周ほど回り、先生が交代する。

「私が歴史を……そんな大役が務まるかどうか」

 眉を下げ、セルジュが片眼鏡の端を撫でた。

「ご謙遜を。本、好きなんですよね? あの日もあんな遅くまで図書館にいたくらいですし」

「好きなものと得意なものは違いますから」

 ふうん、とアリーナは頷いた。

「でも、あの時のあれも本で知った知識でしょう? 吸血鬼がどうとか、って」

「ああ、いえ。あれは陛下が教えてくださったことです」

 教えてくださった、とは、それはつまり。

「セルジュさんって……知ってるんですか」

「命乞いをして、陛下の手足となり働くことを誓った時に。後から知られて面倒なことになるより先に言った方がいいと」

 あれだけ言うのを渋ったくせに、意外と何人も知っているのか。

「知っているのは私とララ様、そしてアリーナ様だけですよ。私とララ様は効率の問題ですし、私はむしろ、出会ってほどなくあっさりと教えられたアリーナ様に妬けますけどね」

 知らず不機嫌な顔になっていたらしく、微笑むセルジュに眉間の皺をぐりぐりと伸ばされた。

「……別に、私はどうでもいいですけど」

「そうですか」

 微笑んだままのセルジュ。調子が狂うなぁ、とアリーナは視線を泳がせた。
 もしかするとカディスもこんな感じで殺さずに許してしまったのかもしれない。

「10歳くらいしか変わらないでしょうが、私のことは本当に家族だと思っていいんですよ? 父ではなくても、兄くらいには」

 好意で言ってくれているのがわかるからこそ、アリーナは顔を顰めた。やはり自分は幼く見えるらしい。

「10、って。私、今年で19になるんですよ? 5、6歳しか離れてませんから」

 セルジュがきょとんとした様子で目を見開いた。暫くしてやっと理解したのか、ぷっと吹き出した。おかしそうに声を上げて笑い出す。

「いえ……失礼しました。拗ねたような顔があまり可愛らしいもので、思わず。でも父になりたいというのは本心です」

「……考えておきます」

 ぶすっとした顔でアリーナが答えると、またセルジュが笑った。

「さて、本題に入りましょうか。とは言っても、アリーナ様は大体の情勢は知っておられるようなので、細かい部分の話になります。
そうですね、何か知りたいことはありませんか? 興味のあるところから広げましょう」
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