今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
飛び込んできたカディスが、アリーナを庇うように抱き締めて物陰に転がった。それでも何本かのナイフが掠って血が吹き出す。
「あ……あ、」
口を覆う。
「ち、血が──」
“お願いします。彼女を見逃してください。代わりに、俺を好きなだけ痛めつけていいので、お願いします”
視界が激しく明滅する。『あの時』のことが目の前に蘇りそうになって、呼吸が浅くなる。
ああ、駄目──
もう一度蓋を閉じようと目を塞いだ両手が、強く引き剥がされた。
「この馬鹿、待っておけと言っただろう!」
目の前にあるのは、もうそろそろ見慣れた美しい顔。
幻は、一瞬で嘘のように完全に掻き消えた。
彼の顔を見て安堵してしまっている自分に動揺して、喚き散らす。
「私は……私は! あんたに何か決められなきゃいけない筋合いはない! なんでそんなに構うの!? 子供扱いしてるならやめてよ!」
「子供じゃないから心配なんだろ!」
真っ直ぐに叩き付けられる言葉に息が詰まる。
「こ、こんな面倒臭い奴ほっといてよ、可愛げもなくて弄れてて、何にもいいところなんてなくて……そのせいで、あの子を、」
アリーナはぎゅっと口を閉じた。
これではまるで、そうじゃないと否定して欲しいみたいだ。
カディスは何も気づかなかったようなふりをして嘯いた。
「俺はお前だから構ってるんだ。お前じゃなかったら己の身を削ってまで助けるものか」
「──」
あまりにも真摯な顔をするものだから、堪えきれずに唇が戦慄いて。零れ落ちそうになった言葉を必死にのみこんだ。
うそつき。
あなたには『ティア』がいるくせに。
ただの血を吸うためだけの人間に、そんなことを言って。
代わりは探せばいるだろうに、そんなものを繋ぎ止めるためだけに、そんなに痛いような表情をして。
わかっている。全部わかってはいるけれど。
今だけ。ほんの少しだけ。
弱くなっても、いいだろうか。
「助けて……か、カディス……」
必死に絞り出して、辛うじてぽそりと地面に落とした声。そっと拾い上げるように、無敵の皇帝陛下は柔らかく微笑んで。
──強い。
ただ、その一言が何よりも彼を表す言葉だった。
何の心得もないアリーナが見ていてわかるほどに。それでもきっと本気じゃない。剣を鞘に入れたまま、ナイフを弾いて、攻撃を躱して、隙をついてそれを叩きつけるだけ。
まるでステップを踏んでいるかのように軽やかに、羽根でもついているみたいに飛び上がる。誰も、何も、彼には決して届かない。
見ていれば、以前彼が言ったことが全て真実だったことがわかった。こんなの、何人増えたって関係ない。人数の問題じゃない。
違う。彼は、自分たちとは違うもの──
まるで闇をも斬り裂く一陣の黒風だった。アリーナの心の硬い壁にまでその刃を届けようとするような、そんな鮮烈な姿だった。
「あ……あ、」
口を覆う。
「ち、血が──」
“お願いします。彼女を見逃してください。代わりに、俺を好きなだけ痛めつけていいので、お願いします”
視界が激しく明滅する。『あの時』のことが目の前に蘇りそうになって、呼吸が浅くなる。
ああ、駄目──
もう一度蓋を閉じようと目を塞いだ両手が、強く引き剥がされた。
「この馬鹿、待っておけと言っただろう!」
目の前にあるのは、もうそろそろ見慣れた美しい顔。
幻は、一瞬で嘘のように完全に掻き消えた。
彼の顔を見て安堵してしまっている自分に動揺して、喚き散らす。
「私は……私は! あんたに何か決められなきゃいけない筋合いはない! なんでそんなに構うの!? 子供扱いしてるならやめてよ!」
「子供じゃないから心配なんだろ!」
真っ直ぐに叩き付けられる言葉に息が詰まる。
「こ、こんな面倒臭い奴ほっといてよ、可愛げもなくて弄れてて、何にもいいところなんてなくて……そのせいで、あの子を、」
アリーナはぎゅっと口を閉じた。
これではまるで、そうじゃないと否定して欲しいみたいだ。
カディスは何も気づかなかったようなふりをして嘯いた。
「俺はお前だから構ってるんだ。お前じゃなかったら己の身を削ってまで助けるものか」
「──」
あまりにも真摯な顔をするものだから、堪えきれずに唇が戦慄いて。零れ落ちそうになった言葉を必死にのみこんだ。
うそつき。
あなたには『ティア』がいるくせに。
ただの血を吸うためだけの人間に、そんなことを言って。
代わりは探せばいるだろうに、そんなものを繋ぎ止めるためだけに、そんなに痛いような表情をして。
わかっている。全部わかってはいるけれど。
今だけ。ほんの少しだけ。
弱くなっても、いいだろうか。
「助けて……か、カディス……」
必死に絞り出して、辛うじてぽそりと地面に落とした声。そっと拾い上げるように、無敵の皇帝陛下は柔らかく微笑んで。
──強い。
ただ、その一言が何よりも彼を表す言葉だった。
何の心得もないアリーナが見ていてわかるほどに。それでもきっと本気じゃない。剣を鞘に入れたまま、ナイフを弾いて、攻撃を躱して、隙をついてそれを叩きつけるだけ。
まるでステップを踏んでいるかのように軽やかに、羽根でもついているみたいに飛び上がる。誰も、何も、彼には決して届かない。
見ていれば、以前彼が言ったことが全て真実だったことがわかった。こんなの、何人増えたって関係ない。人数の問題じゃない。
違う。彼は、自分たちとは違うもの──
まるで闇をも斬り裂く一陣の黒風だった。アリーナの心の硬い壁にまでその刃を届けようとするような、そんな鮮烈な姿だった。