今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
セルジュは真っ直ぐにアリーナを見据えた。
「王族の末席でも侯爵家に伺う機会は幾度かありました。ある時私は見てしまったのです。あの、あまりに美しく儚い女性を。最初はただの好奇心でしたが、人目を盗んで出会う度、会話を交わす度、急激に彼女に惹かれていきました。でも、彼女は私を相手にしてはくれなかった。
10年早く生まれていればよかった? いいえ、きっと関係無かった。私が彼女でなければ駄目だったように、彼女もあの男でなければ駄目だったのでしょう。……きっと」
わかったような口振りではありながら、その瞳は爛々と光っていた。あの男、と言った瞬間、セルジュの顔が引き攣れるように歪んだ。
「以前言った、陛下に伺ったというのは嘘です。私の知識は、全て彼女が教えてくれたもの。吸血鬼には色々な力があるのだということも。恐ろしいまでの生命力、人間を遥かに凌駕する身体能力、獲物を誘き寄せるための魅了の力、逃がさないための催眠の力。でも、その人知を超えた力には代償が──命が必要だということを話してくれたのは、死の間際でした。
吸血鬼とは可哀想な生き物ですよ。血が無ければ生きることすら許されず、代償が無ければ持つ力もふるえない」
セルジュはふっと唇をゆるめた。脱力しただけ。それは決して笑みではない。
「そしてきっとあの人も、あなたに話すつもりはない。もういつ死んでも、おかしくないと言うのに」
「え……陛下が、死ぬ? 死ぬって、でも……」
予想だにしていなかった言葉に、アリーナは呆然とセルジュを見つめた。セルジュはいっそ冷酷なほどに顔色を変えないまま肩を竦めた。
「当たり前でしょう。あの人が一人でどれだけの敵を屠ったと思っているんですか? どれほど吸血鬼の力を酷使したと?」
さも当然だと言わんばかりに無感動な声で。
「彼女が最期に教えてくれたことがもう一つだけあります。それは唯一、滅びゆく運命にある吸血鬼を救うことができるもの」
「私、何でもします! 教えてください!」
がばりと勢いよく顔を上げ悲痛に叫んだアリーナに、しかしセルジュは冷めた眸を向けた。
「『血の盟約』。それによってその血は吸血鬼にとって特別なものとなる。吸血鬼の命すら癒すものに。
契るために必要なのは、愛し、愛されたものと血を交換することだけ。でもそれがどれだけ難しいことかは、わかるでしょう?」
アリーナは煮えたぎっていた心の熱がさあっと一気に引いていくのを感じた。
「想うだけでは救えない。想い合わなければ」
それがどれだけ難しいことか──アリーナも、もう知ってしまった。想い人に想い人がいる。それは自分にはどうすることもできない。セルジュの苦しさはアリーナにもわかった。
「王族の末席でも侯爵家に伺う機会は幾度かありました。ある時私は見てしまったのです。あの、あまりに美しく儚い女性を。最初はただの好奇心でしたが、人目を盗んで出会う度、会話を交わす度、急激に彼女に惹かれていきました。でも、彼女は私を相手にしてはくれなかった。
10年早く生まれていればよかった? いいえ、きっと関係無かった。私が彼女でなければ駄目だったように、彼女もあの男でなければ駄目だったのでしょう。……きっと」
わかったような口振りではありながら、その瞳は爛々と光っていた。あの男、と言った瞬間、セルジュの顔が引き攣れるように歪んだ。
「以前言った、陛下に伺ったというのは嘘です。私の知識は、全て彼女が教えてくれたもの。吸血鬼には色々な力があるのだということも。恐ろしいまでの生命力、人間を遥かに凌駕する身体能力、獲物を誘き寄せるための魅了の力、逃がさないための催眠の力。でも、その人知を超えた力には代償が──命が必要だということを話してくれたのは、死の間際でした。
吸血鬼とは可哀想な生き物ですよ。血が無ければ生きることすら許されず、代償が無ければ持つ力もふるえない」
セルジュはふっと唇をゆるめた。脱力しただけ。それは決して笑みではない。
「そしてきっとあの人も、あなたに話すつもりはない。もういつ死んでも、おかしくないと言うのに」
「え……陛下が、死ぬ? 死ぬって、でも……」
予想だにしていなかった言葉に、アリーナは呆然とセルジュを見つめた。セルジュはいっそ冷酷なほどに顔色を変えないまま肩を竦めた。
「当たり前でしょう。あの人が一人でどれだけの敵を屠ったと思っているんですか? どれほど吸血鬼の力を酷使したと?」
さも当然だと言わんばかりに無感動な声で。
「彼女が最期に教えてくれたことがもう一つだけあります。それは唯一、滅びゆく運命にある吸血鬼を救うことができるもの」
「私、何でもします! 教えてください!」
がばりと勢いよく顔を上げ悲痛に叫んだアリーナに、しかしセルジュは冷めた眸を向けた。
「『血の盟約』。それによってその血は吸血鬼にとって特別なものとなる。吸血鬼の命すら癒すものに。
契るために必要なのは、愛し、愛されたものと血を交換することだけ。でもそれがどれだけ難しいことかは、わかるでしょう?」
アリーナは煮えたぎっていた心の熱がさあっと一気に引いていくのを感じた。
「想うだけでは救えない。想い合わなければ」
それがどれだけ難しいことか──アリーナも、もう知ってしまった。想い人に想い人がいる。それは自分にはどうすることもできない。セルジュの苦しさはアリーナにもわかった。