今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 ルグマに与えられたのは一人一部屋ではなく階層の一角まるまる全てだった。3人しかいないのでかなり部屋は余ってしまう。

「まあ俺が城にほとんど人を残していないのは知っていただろうし、十中八九皮肉だろうな。護衛もつけず、余裕だなと」

 着替えて広めの客間で3人で机を囲んだところで、椅子の背にもたれたカディスがため息をついた。

「それにしても……何故、戻ってきてしまったんだ、お前は。そもそもどうやってここまで来た」

 呆然と広大な部屋の華美な装飾に圧倒されていたアリーナは、それではっと我に返る。カディスではなくララに身を乗り出す。無視されたカディスがむくれたのが視界の端に見えたが気にしないことにする。

「ララ、さん……いえ、ララ様。どうして……黙ってたんですか。本当、なんですか……?」

「様なんてやめてください。黙っていたつもりではないんです。言うほどのことでもなかっただけで。
この国の第6王女なんて、何の価値もないんですよ。王族を娶ったと、臣下たちの自尊心を満たすだけの道具なんです」

 遠回しに認めて、ララは儚く笑った。

「末娘であった私も王族としての価値は他人には同じでした。ですが、私は嫌だったのです。どうしても。だから淑女教育の合間をぬって剣技を習い、この国で初めての女騎士になりました」

 ララは言いながらそっと腰に提げた剣の柄をなぞる。無意識なのだろう、と思った。彼女にとって、あれはアリーナには想像ができないほど大切なものなのだ。

「王族とはほとんど関わることなく日々を過ごしていました。ですが、やはり目障りだったのでしょうね。レガッタとの休戦のためにドゥーブルから出された『人質』は私でした。それなりの身分はありながら、たとえ殺されたとしてもドゥーブルにとっては何の損害もない。敵国に差し出すには申し分なかったのです」

 愕然と見つめるアリーナに、ララが肩を竦める。

「覚悟していました。どのような扱いをされようと誇りは捨てまいと。ですが……陛下は、私を客人のようにもてなしました。私が詰れば辛そうな顔をして謝りさえしました。そんなことをされたのは、生まれて初めてでした。それが、まさか敵国の皇帝だとは」
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