今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 アリスティアはにっこりと微笑む。

「今までカディスに付き合ってくれてありがとう。私がいるから、もう貴女がいなくても大丈夫よ」

「アリスティア!」

「何を勝手なことを、って? でもそうでしょう、カディスの言う通りなら。違う? この子は血を貰うだけの相手なんでしょう?」

 鋭く叫んだカディスが一瞬ぐっと言葉に詰まる。彼が再び口を開く前に、あ、と短くアリスティアが声を上げた。

「歓迎に晩餐会をするから挨拶を兼ねて呼んで来いって言われたんだったわ。もうそろそろ戻らなきゃ。十九の刻になったらまた侍従が迎えに来ることになっているから」

 ドアノブに手をかけたアリスティアが振り返る。
 
「名残惜しいけど、これからは一緒にいられるものね」

 ぱたん、と扉が閉まる音がいやに大きく響いた。嫌な空気に、自分が何か言わなければ、と思うだけで、ひたすらに頭が空転する。

 カディスの顔を見ていれば、声色を聴いていれば、触れる手の動きでわかる。彼がアリスティアを大切に思っていること。

 ──本当に、彼女が『ティア』なんだ。

 それなら、もう自分が要らないというのは道理だ。『ティア』が彼の元へ戻るまでのつなぎでしかなかったのだから。

「……アリーナ」

 遠慮がちなカディスの声に、アリーナは顔を伏せた。無様だと思った。今は呼ばれたくなかった。

「違う。お前が要らないとは微塵も思っていないし、血を貰うだけの相手だとは思っていない!」

 そんなのわかっている。カディスがそんなふうに言わないのは。でも、きっとそれに限りなく近い言い方をしたに違いない。

「アリーナ!」

 縋るように呼ばれて、しかしアリーナはふいと顔を逸らしてしまった。

 そんなに自分は器用じゃない。道具なら、道具らしく扱ってくれなければ。もう自分を引き留めようと気を遣う必要はなくなったのだから、早く突き放してくれなければ。
 思っていたよりずっと脆かったこの心は、簡単に壊れてしまう。




 アリーナ、カディス、ララ、ルグマ、そしてアリスティアが席に着く。
 高い天井に、大きなシャンデリア。アリーナたちが座る机の横では楽団が演奏している。

 同じ城というものに居たとはいえ、レガッタではこのような経験は勿論ない。給仕が運んできた料理を見つめてアリーナは唾を飲んだ。

 ……大丈夫。練習はしたし。ララさんが食器は外から使えばとりあえず間違いはないって言ってたし。
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