今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 よしと決意し、アリーナはナイフとフォークを手に取る。そろりと周りを見るが、皆気負う様子は全くない。王族たちは言うまでもなく、アリスティアも彼らと同じように優雅な振る舞いだった。

 皆声色も表情も穏やかだが、話している内容は殺伐としている。牽制のし合いのような会話に、とてもではないがアリーナは混ざれない。

「貴殿、妃はどこへ? 同席されないのか」

「ああ、それならこの間逃げられた。もうこれで7度目だ」

 ルグマはひょいと肩を竦めた。

「しかも今回は城の外で自害だぞ。困ったものだ。新しく連れてくるのも面倒なのにな」

 アリーナはぞっとした。そんなに何の気なしに言えるようなことではないと思うのだけれど。

「貴殿が手荒く扱うからだろう。国を一手に統べることに長けておられるが、それ故に一人に愛を囁くことは苦手でも仕方のないことなのだろうな」

 見え透いた挑発に、ふんとルグマは鼻を鳴らすだけで答えた。

「そう、ルグマ様ったら酷いのよ。ちょっと気に食わなかっただけですぐ虐めるんだから。機嫌を損ねたら家にも迷惑かかるかもって思うし、皆さん逃げたくもなると思うわ」

 言って、アリスティアがルグマに片眉を上げる。

「そういう汝は図々し過ぎると思うがな」

「だってどれだけ腹が立っても私のこと殺さないでしょう? 殺せないでしょ、『人質』だものね」

 アリスティアはころころと鈴が振るように笑う。

 アリーナはと言えば、口に運んだパンを取り落としそうになっていた。

 ──『人質』? それならアリスティアは元々レガッタの人間ということ? 随分親しげだったけれど、カディスとは一体どういう関係?

 カディスがドゥーブルに来たのは勿論停戦が目的なのだろうが、それ以上に人質であるアリスティアを解放するためだったのではないだろうか。

 ルグマが釣り合いの取れない取引をするとは思えない。つまりアリスティアは王族と同じくらいの身分だということだ。彼女は、カディスの相手として身分も申し分ないのだ──

 ぼうっと考え込んでいると、ルグマと目が合ってしまった。

「口に合ったようでなによりだ」

「あ、はは、まあ……」

 食べてばかりいないで話に混ざれ、食い意地が張りすぎだ、などと言いたいのだろうが、生憎その程度では乗り気にならない。
 食べながら話なんてできるわけがない。ナイフとフォークを操るので精一杯なのだ。

 アリーナは口の端から息を漏らした。そもそも場違いにも程がある。何故自分のような者がこんなところにいるのだろう。
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