今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
とろけるような
あの後、ララが上手く言ってくれたらしい。アリーナは戻らず昨夜からずっと割り当てられた部屋に籠って膝を抱えていた。
一度だけ──カディスの声が扉の向こうからしたけれど、布団に被って耳を塞いで、聞こえないふりをした。
鍵はかけていなかったのに、カディスが部屋に入ってくることはなかった。もう触れて引き留めるほどには、やはり自分は必要とされていないのだと、哀しくなった。
外からノックと共にララの声が聞こえて、アリーナは返事をした。
部屋に入ってきたララは大きなかごを抱えている。
「アリーナ様は体調が悪いということになっています。でも……それが嘘だと思われないくらいに酷い顔ですよ」
「いいんです。もう、誰にも会わないから」
きっとカディスなら一人でも上手くやる。思うばかりで何も実行できない自分とは違って。
アリーナがぐじぐじと籠っている間に、そのうちきっちり停戦させて、アリスティアを連れて帰るのだ。その時一緒にレガッタに戻らせてもらおう。そして、永遠にお別れ──
「今晩、舞踏会があるのですが」
アリーナは鼻に皺を寄せた。
「うわ、本当にやるんですね。踊って何になるんだか……」
「富の差を見せつけたいのだと思います。これだけ余裕があるのだと。別にレガッタが特別貧しいわけではありませんが、ドゥーブルはきつい徴税で王城は随分潤ってますから」
ララは肩を竦めてかごを置くと、アリーナをベッドから引きずり下ろした。
「ほらアリーナ様、いつまでそうしているつもりですか! そろそろ支度をしますよ!」
「……でも私、もう行く必要なんか、ぶっ」
ララに顔に何か押し付けられ、言葉が途切れる。手で受けると、蝶を象った平たい板のようなものだった。
「……仮面?」
穴がかなり小さい。視界の確保はぎりぎりといったところだ。相手からは瞳もそう見えないだろう。
「それが、当初は王族や有力貴族程度しか招く予定ではなかったのですが、国王陛下が大勢呼んで仮面舞踏会をやると言い出しまして……全く、意地ですかねえ」
ララが理解できないというようにため息をつく。
「顔も隠れますし、ウィッグもつけますから髪色もわかりません。思い切り踊れば、気分が晴れるかもしれませんよ?」
「でも、私ダンス下手だし……」
「仮面舞踏会ではそんなこと気にしません。庶民の方も紛れてますし」
何を言ってもにこやかに返される。何を言えばララを困らせられるか、そんなことを考えているうち、着替えされられ終わっていた。
アリーナは鏡と睨み合いをしながら呻く。
「なんかちょっと、苦しいんですけど。コルセット? ってこんなに締めなきゃ駄目なんですか」
「そんなものです。一応王女の言葉を信じてください。どれだけドレスを着てきたと思ってるんですか。大丈夫です、慣れてきますよ」
仕上げに仮面をつけられると、自分でも誰だかわからない。髪もウィッグでくすんだ金髪になっている。
「さあ、アリーナ様。楽しんで来てくださいね」
にっこりと笑うララに道案内をしてもらいつつ、アリーナは渋々舞踏場へ向かったのだった。
一度だけ──カディスの声が扉の向こうからしたけれど、布団に被って耳を塞いで、聞こえないふりをした。
鍵はかけていなかったのに、カディスが部屋に入ってくることはなかった。もう触れて引き留めるほどには、やはり自分は必要とされていないのだと、哀しくなった。
外からノックと共にララの声が聞こえて、アリーナは返事をした。
部屋に入ってきたララは大きなかごを抱えている。
「アリーナ様は体調が悪いということになっています。でも……それが嘘だと思われないくらいに酷い顔ですよ」
「いいんです。もう、誰にも会わないから」
きっとカディスなら一人でも上手くやる。思うばかりで何も実行できない自分とは違って。
アリーナがぐじぐじと籠っている間に、そのうちきっちり停戦させて、アリスティアを連れて帰るのだ。その時一緒にレガッタに戻らせてもらおう。そして、永遠にお別れ──
「今晩、舞踏会があるのですが」
アリーナは鼻に皺を寄せた。
「うわ、本当にやるんですね。踊って何になるんだか……」
「富の差を見せつけたいのだと思います。これだけ余裕があるのだと。別にレガッタが特別貧しいわけではありませんが、ドゥーブルはきつい徴税で王城は随分潤ってますから」
ララは肩を竦めてかごを置くと、アリーナをベッドから引きずり下ろした。
「ほらアリーナ様、いつまでそうしているつもりですか! そろそろ支度をしますよ!」
「……でも私、もう行く必要なんか、ぶっ」
ララに顔に何か押し付けられ、言葉が途切れる。手で受けると、蝶を象った平たい板のようなものだった。
「……仮面?」
穴がかなり小さい。視界の確保はぎりぎりといったところだ。相手からは瞳もそう見えないだろう。
「それが、当初は王族や有力貴族程度しか招く予定ではなかったのですが、国王陛下が大勢呼んで仮面舞踏会をやると言い出しまして……全く、意地ですかねえ」
ララが理解できないというようにため息をつく。
「顔も隠れますし、ウィッグもつけますから髪色もわかりません。思い切り踊れば、気分が晴れるかもしれませんよ?」
「でも、私ダンス下手だし……」
「仮面舞踏会ではそんなこと気にしません。庶民の方も紛れてますし」
何を言ってもにこやかに返される。何を言えばララを困らせられるか、そんなことを考えているうち、着替えされられ終わっていた。
アリーナは鏡と睨み合いをしながら呻く。
「なんかちょっと、苦しいんですけど。コルセット? ってこんなに締めなきゃ駄目なんですか」
「そんなものです。一応王女の言葉を信じてください。どれだけドレスを着てきたと思ってるんですか。大丈夫です、慣れてきますよ」
仕上げに仮面をつけられると、自分でも誰だかわからない。髪もウィッグでくすんだ金髪になっている。
「さあ、アリーナ様。楽しんで来てくださいね」
にっこりと笑うララに道案内をしてもらいつつ、アリーナは渋々舞踏場へ向かったのだった。