今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「ディーのことが好きだったよ。大切だった。きっと、あの頃の私にとっては恋心みたいなものだったのかもしれないと思う。でも、今は」

 そこで口を閉ざすのは狡いとわかっていた。それでも、優しいディーはアリーナのあとを接いだ。

「今は違う人を想っていてもいい。隣にいてくれ。いつか、振り向かせる」

 鼻の奥がじんとなったが、堪える。泣けば、きっとディーは自分のせいだと思う。

「ディーのことが大切だけど、大切過ぎるの。家族みたいな、もう自分の半分みたいな感じで。ほかの誰とも比べられない、たったひとりの大切な人で。だけど。だけど……」

 ディーは何も言わずにこちらに顔を向けていた。

「ごめんなさい。私、死ぬまで……ううん、きっと死んでもあの人のことを忘れられないし、忘れたくない」

 残酷なことを言っている自覚はあった。けれど、言わなければいけなかった。

「私は、あの人が……好きだから」

 誰もが、何かの拍子に、きっかけに、うっかり心の歯車を引っ掛けて。当人の気持ちとは関係なく、その歯車は隣の歯車を次々に回してしまう。想いが深まるのは簡単で、消し去るのは難しい。
 しかし、その歯車が相手のそれと噛み合うかはわからない。何せ、どれをどこから回し始めるかは選べないからだ。だからそれが噛み合った時、人は運命と言うのだろう。

 ──ああ、なるほど想い合うことは難しいのだと。
 すとんと、改めて理解した。

「好きって言ってくれて嬉しかった。恨んでなんかないよ。絶対に。出会ってから、ありがとうって、何回言っても足りないくらいの気持ちなんだから」

「……お前は、お前を仮面舞踏会に一人で行かせるような男を想っているのか」

「う、まあ、それは、そうだけど……それはあの人が悪いわけじゃないし、たとえそれでもいいの。一方的でも、想っていたいから……」

「俺も、お前が誰を好きでも想っていたいと、そう言ったら?」

 ……自分には、何も言えない。言えるはずがない。

 唇を噛んで俯いたアリーナの頭上から、くすりと笑い声が降ってきた。視線を上げると、ディーはぽんぽんとアリーナの頭を撫でた。

「困らせたいわけじゃない。意地悪が過ぎた。悪かったな」

「なっ、なんでディーが謝るの。悪いのは、私なのに……っ」

「うん、まあ相手の男は妬ましいな。お前に好かれてるんだから。どこのどいつか、顔を見たいもんだ」

 腕を組んで深く頷くディー。おどけたように肩を竦めて、

「でも、お前がそれを望んでいるのならそれでいい。自分のせいでその顔が曇るのは、見ていられない」

 そう言って、朗らかに笑った。
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