今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
その笑顔は、アリーナの胸にぐさりと突き刺さった。自分にはそんなことは言えない。自分は、ディーのように相手のことは思えない。卑怯で、自分勝手で、最低だ。
何か言わなければ。口を開こうとして、突然、アリーナの体ががくりと折れた。
「おい、アリーナ、どうした!?」
ずっと気分は悪い気がしていたけれど、緊張か人酔いだと思っていた。じっとしていれば治るかもと。
頭がぐわんぐわんと揺れるし、苦しくて上手く呼吸ができない。大丈夫、と言おうとするがそれもままならない。
「──くそっ」
ふわりと抱え上げられた。逞しい腕に包まれて、どこかに運ばれているようだ。催し物のおかげで城の中は人が少ない。見咎められれば何か言われたかもしれないが、何事もなく部屋に辿り着く。動揺しているのかまごついて扉を開けて、アリーナをベッドに寝かせた。仮面とウィッグを取られて一瞬身構えるが、別に顔を見られたところでもう問題は無いのだと思い直す。
鼻をつんとつく消毒液のにおい。恐らく医務室のようなところなのだろう。ディーは部屋を見回して呆れたようにため息をついた。
「まったく、誰もいないのか」
少し躊躇うようにベッドを見下ろした後、ディーがアリーナに覆い被さった。その手がドレスの紐にかかる。
「え、ちょ……っ」
朦朧とする意識でも何をされているのかはわかった。止めようと手を伸ばすがろくな抵抗にならない。ドレスがゆるんだ。そのことに気がついてさあっと青ざめる。
手が後ろに回る。しゅるりとコルセットの紐が解かれる音がした。
「や、やだ」
彼のことを信用していないわけではない。嫌がることを無理矢理するような人ではないと。それでも怖いものは怖い。
「そんな顔をするな。わ、悪いことをしている気になる……」
言いながら、ディーがコルセットを広げた。途端、すうっと新鮮な空気が入ってきて、アリーナは驚いて目を瞬く。
体を起こそうとすると、ばさっと毛布がかけられた。顔を背けたディーに水の入ったコップを手渡される。
「飲め。顔が赤い。悪かった、お前がそこまで酒に弱かったとは思わなかったんだ」
あれはお酒だったのか。変わった味がすると思ったが、それなら当然だ。特に禁酒をしているわけでもないが、必要性を感じたことも無いのでアリーナはほとんど飲んだことがなかった。
「コルセットも、お前普段してないだろ。慣れないことをするものじゃない」
「……ごめん、なさい」
少しいじけて視線を逸らしたアリーナは、毛布を口元まで引っぱり上げた。
優しくされるとどうしたらいいのかわからなくなる。自分はあんなに酷いことを言ったのに。もっと怒ってくれなければ、突き放してくれなければ困ってしまう。
襟から覗く男らしい首筋に、アリーナはちらりと視線をやった。今どんな表情をしているのか、やはり見たいと言ったら嫌がられてしまうだろうか。出会ってから一度もまともに見たことない彼の顔を。
ベッドから身を乗り出して、水差しを机に置いたディーの後ろからそろりと手を回す。ディーがそれに気がついた様子で振り返ろうとするより早く、一気に仮面を取り去った。
「──え」
あらわになった端正な顔。整いすぎた、けれどアリーナには見慣れた美貌。黒い瞳が大きく見開かれて鏡のようにアリーナを映した。
「どういう、こと」
凍りつき呆然と呟いたアリーナの前で、彼は視線を落とし、ウィッグも取り去った。
艶々とした黒髪が現れる。
「なんで!? どういうこと……!? どうして、『陛下』が──」
何か言わなければ。口を開こうとして、突然、アリーナの体ががくりと折れた。
「おい、アリーナ、どうした!?」
ずっと気分は悪い気がしていたけれど、緊張か人酔いだと思っていた。じっとしていれば治るかもと。
頭がぐわんぐわんと揺れるし、苦しくて上手く呼吸ができない。大丈夫、と言おうとするがそれもままならない。
「──くそっ」
ふわりと抱え上げられた。逞しい腕に包まれて、どこかに運ばれているようだ。催し物のおかげで城の中は人が少ない。見咎められれば何か言われたかもしれないが、何事もなく部屋に辿り着く。動揺しているのかまごついて扉を開けて、アリーナをベッドに寝かせた。仮面とウィッグを取られて一瞬身構えるが、別に顔を見られたところでもう問題は無いのだと思い直す。
鼻をつんとつく消毒液のにおい。恐らく医務室のようなところなのだろう。ディーは部屋を見回して呆れたようにため息をついた。
「まったく、誰もいないのか」
少し躊躇うようにベッドを見下ろした後、ディーがアリーナに覆い被さった。その手がドレスの紐にかかる。
「え、ちょ……っ」
朦朧とする意識でも何をされているのかはわかった。止めようと手を伸ばすがろくな抵抗にならない。ドレスがゆるんだ。そのことに気がついてさあっと青ざめる。
手が後ろに回る。しゅるりとコルセットの紐が解かれる音がした。
「や、やだ」
彼のことを信用していないわけではない。嫌がることを無理矢理するような人ではないと。それでも怖いものは怖い。
「そんな顔をするな。わ、悪いことをしている気になる……」
言いながら、ディーがコルセットを広げた。途端、すうっと新鮮な空気が入ってきて、アリーナは驚いて目を瞬く。
体を起こそうとすると、ばさっと毛布がかけられた。顔を背けたディーに水の入ったコップを手渡される。
「飲め。顔が赤い。悪かった、お前がそこまで酒に弱かったとは思わなかったんだ」
あれはお酒だったのか。変わった味がすると思ったが、それなら当然だ。特に禁酒をしているわけでもないが、必要性を感じたことも無いのでアリーナはほとんど飲んだことがなかった。
「コルセットも、お前普段してないだろ。慣れないことをするものじゃない」
「……ごめん、なさい」
少しいじけて視線を逸らしたアリーナは、毛布を口元まで引っぱり上げた。
優しくされるとどうしたらいいのかわからなくなる。自分はあんなに酷いことを言ったのに。もっと怒ってくれなければ、突き放してくれなければ困ってしまう。
襟から覗く男らしい首筋に、アリーナはちらりと視線をやった。今どんな表情をしているのか、やはり見たいと言ったら嫌がられてしまうだろうか。出会ってから一度もまともに見たことない彼の顔を。
ベッドから身を乗り出して、水差しを机に置いたディーの後ろからそろりと手を回す。ディーがそれに気がついた様子で振り返ろうとするより早く、一気に仮面を取り去った。
「──え」
あらわになった端正な顔。整いすぎた、けれどアリーナには見慣れた美貌。黒い瞳が大きく見開かれて鏡のようにアリーナを映した。
「どういう、こと」
凍りつき呆然と呟いたアリーナの前で、彼は視線を落とし、ウィッグも取り去った。
艶々とした黒髪が現れる。
「なんで!? どういうこと……!? どうして、『陛下』が──」