今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「10年経ってもお前がずっと大切だった。だから後悔した。そばにいて欲しいと願ったことを。自分のことばかり考えて危険な場所にいさせようとした俺は愚かだった。だから離れようとしたんだ。それで、やっと……手放す覚悟ができたはずだった」

「もういい。もう、いいよ」

 アリーナはその言葉を振り切るように手を伸ばし、ぎゅうと力いっぱいカディスの頭を抱えた。

「でも私は戻ってきたんだから。自分の意志で。……あなたのそばに」

 あたたかさに触れてやっと、この人はディーでありカディスであるのだと理解った気がした。

「勝手に……」

 言いさし、一度深く息を吸う。

「勝手にあなたが手を離したんだから、私が手を握り直すのも勝手でしょ?」

 腕の中で何やらもぞもぞと文句を言っているような気がしたけれど無視する。

「強いところももちろんかっこいいと思う。でも、時々不安そうな顔をするのを見たら、もっと胸がきゅうってする。それなのにばかみたいに眩しくて、全部諦めようとしなくて、ほんと……ばかみたい」

 滑らかな頬を両手で挟んで、息がかかるほどの距離で見つめる。
 彼の長い睫毛が震えた。

「もう一度、握れるはずがない。……汚れ過ぎた俺の手を」

「……そうかな」

 視界いっぱいに肌色が広がって、ごち、と強く歯がぶつかった。血の味がする。

 我ながら、恥ずかしくなるくらいに拙いキスだった。

「私は好きになっちゃったの。他の誰でもなく、今のあなた、カディスを……」

 今更のようにかあっと頭に血が昇る。自分が今どんな顔をしているのかわからなくて俯く。多分気持ち悪くて見られたものじゃない。
 次いでさあっと青ざめた。情緒も何もないキスだったけれど、自分は想い人がいる人に一体何をやっているのだろう。

 はっと勢いよく顔を上げたはいいが、弁明するのも謝るのも違う気がして固まる。

「自分が何をしたか分かってるのか」

「ご、め……」

 カディスがアリーナをじっと見据えた。黒い双眸が燃えるようにてらてらと妖しく輝いていた。

「随分下手くそだったな」

「う、うるさい。自分からするの、は、初めてだったんだも、ん」

 カディスの指がアリーナの唇をなぞる。ゆっくりと執拗な、それでいて優しい触れ方にびくびくと体が震える。思わず身を引くと、腰を引き寄せられた。

 カディスが顎を掬う。決して強い力ではなくて、多分簡単に振り払えたけれどそうはしなかった。
 顔が近づく。互いの息が混ざって、誰に言われたわけでもないのにそっと瞼を伏せる。

 唇に柔らかなものが触れた。一瞬だけ唇を食んで離れて、もう一度、次は噛み付くようにアリーナの唇を覆った。
 何度も何度も、形を確かめるように唇をなぞられ、齧られる。カディスの唇はとろけるように熱かった。溶かされて、自分の形がわからなくなる。
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