今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 翌日の朝。
 鏡の前で身支度をしながら、アリーナはかああっと顔を赤らめた。ごつん! とドレッサーに頭をぶつける。

 本当に、本当にっ、一体昨晩の自分は何をしていたんだろう……!? 勢いと雰囲気に流された大馬鹿者だ。

 き、きっと自分は酔っ払っていたから。そう。きっと。あんなに破廉恥なことをしてしまったのも……あんなに、あんなに……!

 そんなふうに懊悩していたものだから、こんこんと扉がノックされる音に驚いて体を跳ねさせてしまった。支度が終わってはいないものの服は着ているしいいかと扉を開けると、立っていた侍女が驚いたように目を剥いて顔を顰めた。おやとアリーナは首を傾げる。そんなに嫌そうな顔をされるおぼえはないのだが。

「これを、アリーナ様にと」

 折り畳まれた紙。ほんのりと花の香りがする。
 ただ、封がされているわけでもないし怪しいことこの上ない。

「……誰からですか?」

「アリスティア様です」

 どこか誇らしげな響きでわかった。なるほど、この人はアリスティアの侍女なのか。準備の途中で出てくるなど淑女としてはしたないとでも言いたいに違いない。うちのアリスティア様はそんなことはしないと。

 じっと見つめられ、仕方なく紙を開く。内容は簡潔で、その侍女に案内させて今から自分の部屋に来いとのこと。
 侍女ですらこうなのだから本人と会うのも気が進まないけれど、仕方がない。

「すみません、まだ支度が終わってないんですけど」

 侍女がじろじろと部屋の中を覗き込んでくる。どうやら怪しまれているらしい。

「公爵令嬢なのに侍女の一人もいないなんて……」

 呆れたようにため息をついた侍女の肩に手が置かれた。

「ここにいますよ」

 ひっと悲鳴を上げて侍女が飛び退る。ララが彼女の後ろでにっこりと微笑んでいた。相変わらず存在感が無い。アリーナでも驚くのだから彼女はもっとそうだろう。

「少しお待ちいただけますか?」

「は、はい」

 呑まれたように頷く侍女を一瞥してララが扉を閉めた。

「まったく、非常識なのはどちらですか! こんな朝から、何の約束も無しに、しかもこんな紙切れで呼びつけるなんて!」

 きいっと歯を剥いて地団駄を踏み始めるララ。どうやらアリスティアをあまり好いていないようだ。

「はあ、もう絶対に面倒事でしょうけどね……」

 ぶつぶつと文句を言いながら、けれど素早い手つきで身支度を終わらせるララ。

 しれっと侍女とアリーナについてララが歩き始めると侍女に止められる。ララが睨みつけると侍女は震え上がったが、流石に譲らなかった。

「どうやら駄目みたいなので諦めます。一人で……大丈夫ですか?」

「私がアリスティアさんのところに行ったって目撃者がいるわけだし、突然殺されたりはしないと思いますよ?」

「私はそういう冷静な分析を聞きたかったわけじゃないんですよー、ちょっと怖がったりしてくれてもいいじゃないですか」

 ララが唇を尖らせた。

「まあ、でも安心しました。なんというか、あまり……アリーナ様とは反りが合わなそうな方なので。どうか頑張ってください」

 正直、確かにそんな予感がしている。それでも呼ばれているなら仕方がないし、一度話してみなければとは思っていた。

 アリーナは嘆息して侍女に続いた。
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