今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「あの子は本当に凄いのよ。家を追い出されたのに自力で帰ってきて、その上あの腐り切った家を丸ごと全部潰してくれたの。私とカディス以外ね。とっても気分がよかったわ。そしてそこから、全てをつくりかえてくれたの」

 全てとは、レガッタ王国──今は彼の手によってレガッタ帝国となったあの国のことだろう。

「力を持っていても覚悟がない人、気概はあっても実力が伴わない人は沢山いるわ。カディスはそのどちらでもなかった。他の人とは違う、あの子の力になりたかったの。だから私は喜んで『人質』になったわ。立場としては私ほどの適任はいなかったから」

 アリスティアは鋭い瞳でカップの水面を見つめた。

「誰より傍で見てきたわ。あの子はどんな時でも強くて逞しい。凡人とは違うのよ。弱音なんて吐かないの。あの子は私の英雄なのよ!」

 アリーナは苦虫を噛み潰したように嫌な顔をして静かにアリスティアを睨めつけた。

「違う。……あなたは何も見てなかった」

「なんですって!?」

「本当に傍で見てたなら気がついてたはず。カディスはそんなに強くない。ちょっと人より力を持っただけの、ごく普通の男の子でしかないのに」

 激昂したアリスティアが勢いよく立ち上がった。揺れたカップからお茶がテーブルに零れた。

「あ、貴女こそあの子が何をやったか知らないからそんなことを言えるのよ! あの子はあの子のお母様を捨てたお父様を殺したわ。私のお母様もお兄様も、うちに仕えていた使用人も全てね。過去を全て消し去って当主になったの。そして今や一国の皇帝よ。そんなこと、普通の人にできるはずないじゃない!」

「知りませんよ! 今知りましたよ! けど……だから! だから、その時傍にいられたあなたは気づけなかったのって聞いてるんでしょ!」

 アリスティアが気圧されたように口を閉じた。

「確かに私たちとは少し違う力はあるのかもしれない。でもやっぱりカディスは普通の人だよ。そんなことしたら、壊れちゃうに決まってる。自分がわからなくなるに決まってる……頑張りすぎて、一人で抱えすぎて、どうしたらいいか、きっと止まり方がわかんなくなってたんだよ……」

 激情を吐き出して、はあっと肩で荒く息をつく。

「確かに私は何も知らない。一緒にいた時間は、『異母きょうだい』のあなたと比べたらほんの少しなのはわかってる。だけど……私はカディスに憧憬を押し付けたりしない」

 アリスティア──シレスティアル侯爵家令嬢、アリスティア・クレミージは僅かに驚いたように目をみはって桃色がかった豊かな金髪を撫でた。
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