今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
今宵、溺れる
 ちりん、とドアベルが控え目に鳴る。

「おや、久しぶりだねぇ、おふたりさん」

 ライばあがアリーナとカディスを出迎えた。相変わらず知る人ぞ知るといった様子でがらんとした店内の席に座り、アリーナは首を傾げる。

「前も思ったんですけど、ここってライばあ一人でやってるんですか?」

「そうさねえ」

「お年寄り一人じゃ大変だと思うんです。もし良かったら私手伝いに来ますから!」

 カディスがアリーナの頭をぺしっと叩く。

「……なによ」

「阿呆、できもしない約束をするな。やっと落ち着いたところだろうが」

「だって、最近ずっと忙しかったし。そろそろ体動かしたいんだもん」

「お前がそう言うから今日は久しぶりに出かけてきたんだろ?」

 そんなのわかっている。言ってみただけだ。ため息をついたカディスにアリーナはぷうとむくれてみせた。


 あれから半年程が経って、やっと色々と落ち着いてきた。結局ルグマには変わらずドゥーブルの政をさせている。減税や徴兵令の廃止など、方針はレガッタに寄せるようにさせているらしいが。休戦を停戦にするためにドゥーブルの属国フィルンの説得を任せているようだが、それはどうなることやらまだわからない。

 ルグマといえば、いくら負けたとはいえカディスに手を貸すことに意外なほどに抵抗をみせなかった。ただ、これまで通りアリスティアをドゥーブルに置くことだけは強く要求してきた。ルグマ曰くレガッタとの情報共有のためらしいが、実際のところはわからない、とアリーナは思う。アリスと愛称で呼んだ彼だ。ある感情を抱いていてもおかしくないのではないだろうか。

 意外と言えばアリスティアもだった。カディスの傍に居たいとごねるかと思ったが、すんなりとドゥーブルに滞在することを受け入れた。何があったのかはアリーナにはわからない。もしかすると、入れかわりのことを少しだけ後悔しているのかもしれないが。
 反りは合わないが、決して嫌いではなかった。また会った時には穏やかにお茶でも飲みたいものだと思う。穏やかに。


 レガッタの城も最近は賑わっている。クーデターの日から締め切っていた城に臣下として少しずつ貴族を戻しているのだ。当然カディスが信用できると決めた者だけなので、王国の頃よりは多くない。何事も一度に済ませる必要は無いのだから、今はこれで十分だ。

 簡単に言えば、カディスに余裕ができたのである。『血の盟約』のおかげで。これまでは目標に向かって脇目もふらず一心不乱に最短距離を走ってこなかればならなかった。しかし今は最良の道を選ぶだけの時間と力がある。
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