ケーキ屋の彼
柑菜は、目の前にある飲み物に手も付けずに、真莉の話を聞いている。
「だから、少し人から言われただけで小さくなる彼の背中が私は理解できなかった。……でもね、彼はとても優しいのよ、……繊細なの。それは彼が作るケーキにも表れていて、それは彼の師も認めていた。なのに、そんないいものを持っているくせに、彼は逃げた、…………勿体ないわ」
『勿体ないわ』という真莉の声には、確かに秋斗に対する愛情が込められていた。
それは、柑菜にももちろん伝わっている。
きっと、真莉は秋斗をまだ好きなんだと、柑菜は感じた。
「でも、秋斗さんはもう一度フランスに行くって……」
「ええ、そうね。次こそは逃げないでやってほしいわ……はあ、もういいかしら? 私はそろそろ行くわね」
真莉は、財布からお金を取り出し、机の上に置いた。
「真莉さん、これ……」
「あなた学生でしょ? これくらい私が出すわよ」
そう言うと、真莉は柑菜を置いて、カフェを出て行ってしまった。
その後ろ姿は、柑菜にはどこか強がっているように見えた。