ケーキ屋の彼

今日の大学は、いつもよりも何倍も人で溢れていて、その構内は香ばしい匂いが充満していた。


今日から、一般公開の学祭が始まった。


柑菜たち教育は、ミニ体験授業を開催している。


幼い子供が、絵の具を持ちながら思い思いに絵を描いていた。


しかし、そこにはもちろん子供達だけではなく、学生や大人も訪れている。


「あ、この前の……」


「土橋さんって言うんだ」


「土橋、柑菜です」


文化祭のために胸に付けているネームプレートを見て、あのケーキ屋で会った男の人は柑菜の名前を初めて知る。


「僕、渡辺空。音楽学部の作曲専攻です。……君に一目惚れしたんだ」


「ちょ、ちょっと待って」


突然空から降って来た言葉に、頭が回らない柑菜は、空の言葉を一旦止める。


一目惚れ……一目見てその人を好きになること。


柑菜は言葉の意味を考えるも、それ以上の意味が出てこなかった。


「連絡先交換しない? 僕、本気だよ」


「え、あ、はい」


さすが音楽学部、とでもいうようにテンポ良く話を繋げていく。


柑菜は考える暇もなく流されるように空と連絡先を交換した。
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