ケーキ屋の彼
柑菜は立っている涼の元へ行き、腕を掴んだ。
しかし涼は、それを音が出そうなくらい勢いよく振り解く。
すると、柑菜はバランスを崩し床に手をつけ転んでしまった。
「痛っ……」
柑菜は、床についた方の手を庇うようにもう片方の手で包み込んだ。
その姿を見て、すぐに涼はしゃがみこむ。
「柑菜っ、ごめん」
涼の脳内に、咄嗟に昔の記憶が蘇る。
自分のしたことに後悔し、涼が柑菜の手を触ろうとすると、今度は柑菜がその手を拒否するように叩いた。
「大学、行くね」
涼を見る柑菜の冷たい視線は、彼の心を凍りつかせるのに十分であった。
柑菜は、涼を1人残してテレビのついた部屋から飛び出した。
ーー何やってんだよ、俺。
何も悪くない柑菜を、涼は独りよがりな気持ちで傷付けてしまった。
それも、過去を思い出させるような仕方で。