ケーキ屋の彼

柑菜は立っている涼の元へ行き、腕を掴んだ。


しかし涼は、それを音が出そうなくらい勢いよく振り解く。


すると、柑菜はバランスを崩し床に手をつけ転んでしまった。


「痛っ……」


柑菜は、床についた方の手を庇うようにもう片方の手で包み込んだ。


その姿を見て、すぐに涼はしゃがみこむ。


「柑菜っ、ごめん」


涼の脳内に、咄嗟に昔の記憶が蘇る。


自分のしたことに後悔し、涼が柑菜の手を触ろうとすると、今度は柑菜がその手を拒否するように叩いた。


「大学、行くね」


涼を見る柑菜の冷たい視線は、彼の心を凍りつかせるのに十分であった。


柑菜は、涼を1人残してテレビのついた部屋から飛び出した。


ーー何やってんだよ、俺。


何も悪くない柑菜を、涼は独りよがりな気持ちで傷付けてしまった。


それも、過去を思い出させるような仕方で。
< 50 / 223 >

この作品をシェア

pagetop