ケーキ屋の彼

「あ、ありがとう」


顔を見なくても分かる美鈴の照れた様子に、柑菜は視界だけでなく聴覚すら閉じたくなってしまう。


「ちゃんと見て歩い「あ、あの……。私そういえばさっき一つ買い忘れてた物があったんですよ、だから今から戻って櫻子たちのチームに合流しますね」


早口でそれを2人に伝えた柑菜は、そこにいるのが耐え切れずに2人の返事を聞く前に走ってきた道を戻る。


柑菜の耳に、かすかに秋斗の「柑菜ちゃん!」と叫ぶ声が聞こえた。


けれど柑菜は、それには一切振り向くことはなかった。


いや……振り向くことができなかった。


一本道は、迷う心配もなく、すぐにあの分かれ道にたどり着く。


ーーこんなことになるなら、櫻子にどっちの道を選ぶのか聞けばよかった……。


そう思いながら、柑菜は櫻子たちを追いかけるために走ってもう一つの道を進んだ。
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