それは星の最果てのようで。
集落と夏の香り
「はあ!?」
テーブルをバンッと叩いて立ち上がった。
「何よ…仕方ないでしょう?もう決まったことなの」
母さんはそんな俺を無視しながら夕飯を次々に口に入れていく。
「転校なんてするわけねえだろ!?なんでそんなド田舎に住まねえといけねんだよ!」
「なぎがなんて言おうと決定事項よ。お母さんもそっちの方で働くし、なぎの新しい高校も決まっているの」
母さんは冷徹に応える。

数分前まで4ヶ月後にある修学旅行について考えていたところだった。
「あ、そうそう。再来週、東京から引っ越すから」
母さんが食卓で急にそう言い出したのが事の発端だった。
母さんは元から、おしゃべりなくせに大事な話こそあまりしない人だ。
「は、は…?」
俺には唐突すぎて、数ヶ月前から『引っ越したい』を連鎖で言っていた母さんの冗談かと思った。
「集落に住んでる、しまおばあちゃんの介護することになったの。今までしまおばあちゃんを介護してた私の妹が諸事情でその家を出ることになったの。でも、しまおばあちゃん1人じゃ何も出来ないから長女の私が行くことになって」
「い、いや…待てよ…」
俺には小学校から親しい友達がたくさんいる。田舎よりは都会の方が好きだし、1番楽しみにしていた修学旅行だって今年ある。
「なぎの高校は、しまおばあちゃん家から歩いて40分のところにあるの。ちょっと遠いかもしれないけど自転車こげるし大丈夫でしょ?」
「だいっっじょばねーよ!てか高校変わるって…」
「ええ、“転校”よ」

「はあ!?」

そして今に至る。
「そんな引っ越してえなら母さん1人だけで行けよ!俺はもう高2だし16だし一人暮らしとか余裕だから!」
「はあ…汀(なぎさ)、あまりお母さんを絶望させないでくれない?」
「いやそれ“失望”じゃねえの…?」
「コホン、そんなことはどうでもいいの。お母さんは、なぎを1人だけで東京に置いていけない。お父さんとも離婚して、ここ最近面会もしてない。お父さんには頼めないし頼みたくない。だからお願いよ、なぎ」
母さんは俺が産まれたすぐ父さんと離婚して、ここまで女手一つで育ててきてくれた。
(そんな顔されたら断れねえだろ…)
でも転校する話とは別物だ。
それとこれとは話が違う。
「お、俺は行かねえよ。転校する気もさらさらねえし。俺は大丈夫だから」
「なぎ…」
母さんは箸を止めた。
「なぎが欲しかったゲーム買ってあげたんだけどなあ…」
!?
「3万円もしたのになあ…」
ま、まさかあの人気すぎて手に入らないという…
「名前…なんだったかしら、『スニッチ』…?」
『スニッチ』を!?
「そ、それマジかよ!」
「ええ、これでしょ?」
母さんが袋から出したのは金という金の輝きを放つ『スニッチ』だった。
「いやでも集落じゃゲームも何も…」
「もう…甘く見ないでよね。電波くらいちゃんと繋がってますぅーっ」
な、ななななんと……。
でもゲームか友達かの選択肢、ゲームに負けたくない気もする。
「私は私の最期まで、なぎを傍で育てていたいの」
「…っ」

友達は、もしかしたら向こうでも作れるかもしれない。
でもどうしたって自分の産みの親は世界に1人しかいないのだ。

「……わーったよ」
「…え?」
母さんは顔を上げた。
「田舎だろうと関係ねえ。普通に友達作って普通に今まで通り暮らすよ」

『親孝行』ってやつもちゃんとしてやりててし。

「…!ありがとう、なぎ!」
「うわ…っちょっ、抱きつくなよっ」
「なぎっ…なぎぃ…っ」

はあ…母さんまだガキ卒業できてねや…
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